第14話 ギャル、襲来
「ご馳走様でした!」
「いいってことよ」
全力でお礼を言う俺に、爪楊枝を咥えながら片手を上げて答える若月さん。
男前すぎる。
売れないけど同業者からは評価されている芸人さんみたいだ。
「じゃ、今日はこれで解散ね」
「え」
良い具合に外が暗くなってきた午後7時15分。夜の始まりを告げるような空模様にワクワクしていたところだったから、この提案には肩透かしをくらった。
「若林少年も明日午前勤務でしょ? 無理しない方が良いよ」
グゥの音も出ない正論だ。
でも、今日という日がこれで終わるのは寂しい。
「私にとっての夜更かしの会は、自分へのご褒美なんだ」
よっぽど冴えないツラをしていたのだろう。若月さんは両手を俺の肩に置いて言い聞かせる。
「明日が休みの日まで生き延びた。そんな自分へのちょっとした贅沢なの。お風呂上がりのビール並みの力がある。若林少年も、あの喜びを知ってほしいな」
ズルい。
そんなことを言われたら、頷くしかないじゃないか。
ビールの例えはよく分かんなかったけど。
「分かりました。では、また明日図書館で」
「うん」
名残惜しいが、これ以上好きな人を困らせるわけにはいかない。我慢して若月さんと別れた。
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心地よい疲れと満腹感から、すぐに眠れると思っていたが、意外と苦戦した。
それでも、一睡もできないまま、朝日を迎えたあの頃に比べたらマシな方だ。
バイトにも支障はない。2日目ということもあって、肩の力をぬいて取り組むことができている。
配架の作業も順調だ。
返却された本を次々と本棚に戻していく。
背表紙に貼ってある数字とローマ字が、その本が帰るべき場所を教えてくれる。こういう単純作業は好きだ。小学生時代に、ひたすらテトリスをしていた影響だろうか。
「あれ? 若林?」
若い女性の声。
若月さんでも職場の女性陣でもない。だからと言って姉さんでもない。だったら誰だ? 他に女性の知り合いなんていないぞ。新手の詐欺か? 美人局的なものに巻き込まれたか?
恐る恐る顔を上げる。
「やっぱり若林だ! アタシアタシ!」
「お、お客様。図書館ではお静かにお願いします」
「あ、ごめんね‥‥‥」
口に手を当てて反省ぶりをアピールしている。
同年代らしき女性は、いわゆるギャルだった。
金髪ロング。服装は、黒を基調にしながら真っ赤な唇が描かれている大きめのTシャツに白いパンツ。
完全にギャルだ。
さらに言えば原宿系ギャルだ。
コミュニケーション検定に受かる気配の無い俺なんかに太刀打ちできる相手ではない。
どうしよう。
「‥‥‥もしかして、アタシのこと覚えてない感じ?」
さっきより声に元気がない。
図書館では正しい発音だが、原因が俺にあると思うと良心がキリキリ痛む。
表情も暗くなっている。これが演技なら大したものだ。女優だって夢じゃない。本当にショックを受けているように見える。
俺が昔のことを忘れている可能性が出てきた。
「‥‥‥申し訳ない。名前教えてもらっていいですか?」
「木崎レナ」
‥‥‥木崎?
「え!? 木崎って、あの木崎!?」
記憶の扉が一気に開いたことで大声を出してしまった俺は、この後、割と本気で黒野さんに怒られましたとさ。
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