第12話 アナログ
時刻は6時10分。
夜中と違って人通りの多い池袋の街を若月さんと歩くのには違和感がある。
しかし、今日は間違いなく特別な日になる。
何故かって? 若月さんが行きつけのラーメン屋さんに連れていってくれるという激アツイベントがあるからだ。
好きな人とごはん。
これ以上に嬉しいことが、この世にいくつあるんだってレベルだ。
パンケーキ屋さんとかではなくて助かった。ああいうと華やかなお店に俺のような冴えない男が入って迷惑をかけないのではないかと心配をしてしまう。
景観を損ねるってやつだ。東京オリンピック開催の際、小池百合子さんの意向でコンビニからエロ本が消えたことがあるくらいだ。俺も消されかねない。
「若林くんはエロ本なの?」
好きな人の口からエロというワードが出ているだけで興奮すると言ったら、童貞が過ぎるだろうか。
「オシャレなお店からしたら、似たようなもんだと思いますよ。まあ、エロ本の方が俺より価値が高いですけどね」
少年の夢を叶え続けてきた、コンビニのエロ本。
コンビニという、身近な場所でエロを提供していた功績を残しているのだ。何も成し遂げていない俺なんかが敵う相手ではない。
「そんな大層なものかなぁ。なんで若林君はそんなにエロ本を評価してるの?」
「俺にちゃんとしたエロをくれた最初の存在だからです」
「ちゃんとした‥‥‥?」
ピンときていない様子の若月さんに、小学生男子の抱えるエロの悩みを説明する。
「小学生くらいだと、スマホを持っていたとしても親が性的なものは観れないように設定されていることが多いんです。そうなってくると、俺の場合はエロ本に頼るしかなかったんです。意外と店員さんも普通に売ってくれますし」
「なるほど。アナログの文化はそういう時に役に立つんだね」
こんな話題に参加してくれる若月さんが尊い。
女性からしたら、どうでもいいか嫌悪感を抱くかが多いだろうに。
「まあ、図書館なんてアナログの極みみたいなもんだからね」
「確かに。紙の本なんて揶揄されてますけど、今日働いてみたらまだまだ利用者さんがいて安心しましたよ」
小説や漫画は電子で読むものだという文化が根付いてきてけど、老若男女の利用者さんが図書館にいるのを見て、紙の本は完全にはなくならないと思うことができた。
「‥‥‥うん。そうだね」
あれ? 微妙に歯切れが悪い。
何か言いたいけど、今言うことではないと口をつぐんでいる感じ。
経験上、こういう時に無理に聞き出そうとすると空気が悪くなると分かっているのでスルーする。
何でも話せる間柄と言われる関係を、世間は美しいと評価する。しかし、それで全てが良い方向にいくとは限らない。
1人の人間の本音を全て受け入れる聖人君子なんて、そうはいない。ちょっと前に「ありのままの姿をみせる」みたいな歌が流行ったが、大切なのはバランスだと思うのだ。
聞きたくない真実を無理やり聞かされるのは、それはそれでストレスだ。
‥‥‥まあ、自分の恋心を優先して勢いで告白した俺が言っても説得力ないだろうけれど。
「ついたよー」
そう言われて立ち止まったら、いつのまにか人通りの少ない路地にいた。若月さんとの会話が楽しくて気づいていなかった。自分の視野の狭さにビビる。
目の前にあるラーメン屋さんは‥‥‥えっと、ボロ、違う違う。きたな‥‥‥これも違う。あれだ。趣のある店構えだった。
「美味しいから期待しててよー」
気後れしていた俺だったが、慣れた様子で入店する若月さんに慌ててついていった。
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