第10話 借りてきた猫状態

「はじめまして。若林拓也の姉、若林サラです」

「どうも。弟さんと仲良くさせて頂いている、若月リラという者です」


 家というフィールドでの大切な存在、若林サラ。

 夜の公園というフィールドでの大切な存在、若月リラ。

 この2人が喋っている光景が不思議でたまらない。家のキャラクターと外でのキャラクターのどちらで行けば良いのか、さっぱり分からないが故に、俺は借りてきた猫状態だった。


 嘘をつくことに疲れた俺は、夜更かしの会のことを、告白云々のこと以外全て話した。完全に吐き出せなかったのが心残りだったが、そこまでは曝け出せなかった。

 そんな報告を受けた姉さんは、その話を聞いた感想が以下の通りである。


「意識高い映画みたい! 私もその人に合わせて!」


 意識高いという表現が気になったが、テンションが上がっているらしい姉さんの勢いに押されて2人を会わせることになった。


「いやー、綺麗な人でビックリしましたよ」

「とんでもないです。といいますか、ご家族へのご報告を怠ってしまい申し訳ありませんでした」

「そんなの大丈夫ですよー。身内以外には中々懐かない拓也が信頼してるってことは、若月さんが優しい人だってことは分かるので」


 身近な人が大人な話をしていることに、少しビビる。

 いつもは俺のレベルまで落としてくれているのだと痛感する。バイト経験もないから社会人としての礼儀が身に染みている彼女らが、遠い存在に感じる。


 そこまで考えて、ふと思う。

 バイトか。


 別に欲しいものが無いのでやっていなかったが、働くことで充実感のある疲労感を手に入れれば、睡眠の悩みも良い方向に向くのではないだろうか。


「若月さんは、図書館で働いてらっしゃるんですね。もしかして、中立図書館ですか?」

「そうですそうです」

「わあ! 私も何度か行ったことがあるので、もしかしたらお会いしたことがあるかもしれませんね」


 姉さんが言い当てた中立図書館は、池袋で最も有名なものだった。今まで、勤務先を聞くのはキモがられるかと思って聞けなかったが、これは良い情報を得た。


 俺は本は好きだが、自分の所有物は他と分けたいこだわりがあるので、借りたら返さなくてはならない図書館は進んでは使ったことがなかった。精々、小学生の頃に街の歴史を調べる授業の一環で使ったくらいだろう。


 しかし、好きな人が職場となると興味が爆上がりする。

 知性の象徴である図書館に、こんな下心で行って良いものかと葛藤する。


「あ。そういえば、あそこの図書館、バイトを募集してませんでしたっけ?」

「はい。よく知ってますね」

「恥ずかしながら、職探し中なので、そういうのに敏感になっちゃうんですよ」


 バイトと好きな人の職場に思いを馳せていた俺は、その2つが繋がる話題に耳をひかれる。


「どういう仕事内容なんですか?」


 俺をチラ見してから姉さんが聞く。一瞬ドヤ顔になった気がしたけど気のせいだろうか。


「そうですね‥‥‥本の配架。あ。返却された本を本棚に戻したりするのとか。受付とかが主ですかね。ご興味あります?」

「えぇ。本好きですし。‥‥‥あ。でも、本って意外と重いから力も必要ですかね?」

「まあ、はい。そのおかげで、私も少し筋肉がつきました」


 恥ずかしそうに答える若月さん。可愛い。


「そうですよねぇ。私、最近運動不足だから、まずは体力を取り戻す辺りからだなぁ」


 残念そうに言う姉さんの口調は、どこか白々しい。演技の臭い役者を見ているようだ。


 ‥‥‥もしかして、何かしらの演技をしているのか?

 その疑いは、次の姉さんのセリフで確信に変わる。


「あ。じゃあ、拓也やってみれば? 放課後は時間あるでしょ?」

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