第9話 正直者
待ちに待った夜更かしの会を控えた深夜1時。
家族を起こさないように家を出ることに慣れてきた俺は、油断していた。
玄関の靴箱を開ける際、「ギィィィッ」という耳障りの悪い音を出してしまったのだ。
音量はそこまでではない。しかし、静寂に包まれている我が家には嫌というほど目立つ音だった。
「‥‥‥拓也?」
トタトタという足音とともに、姉さんの声が聞こえる。
「出かけるの?」
「うん」
なるべく冷静を装って答える。
できているかは置いておいて、こういう時は自分を騙す努力をした方が良い。馬鹿な俺は、勝手にパニックになって、言わなくていいことまでゲロってしまいかねない。
落ち着け。現段階では夜中の外出がバレただけだ。女性と会いに行くことまでバレたわけではない。
「ちょっと、そこのコンビニまで」
「そうなんだ」
暗闇で姉さんの顔が見えない。
心配しているだろうか。もう高校生なのだから深夜のコンビニくらいなら多めにみてほしいが、相手は何かと弟に絡んでくる姉さんだ。油断はできない。
3秒ほどの静寂が流れる。
7月に突入してから、さらに暑くなり汗をたくさんかくようになったが、今かいているのは冷や汗だろうか。
早く「いってらっしゃい」と言ってくれと祈る俺の願いを、姉さんは叶えてはくれなかった。
「じゃあ、私も一緒に行こうかな」
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人生のお休み中の姉さんだが、別に引きこもっているわけではない。太りたくないからと散歩に行ったりしている。求人雑誌をめくっている姿も見かけるくらいだ。
倒れてから、まだ2ヶ月も経っていないが順調に回復しているようにも見える。
「拓也とこうやって2人で出かけるの久しぶりだね。コンビニだけど」
そう言って、笑顔を向けてくれる姉さんとの間に、昔のような気やすさを感じられて、悪い気はしない。しかし、今は若月さんとの約束をどうしようという問題に頭がいっぱいだ。
どうする。このままだとコンビニでお菓子とか買って帰るという選択を取らざるを得なくなる。
帰ってから、再び姉さんが寝静まるのを待つ時間は無い。あ。というか、若月さんに送れるってLINEしなくちゃ。でもでも‥‥‥。
「夜って、なんか落ち着くよね。コンビニでなんか買ったら、その辺の公園で食べちゃおっか」
夜更かしの会に酷使することを言われて、心臓が跳ね上がる。
この人。本当は全部知っているのでは‥‥‥。
「あ、あの、姉さん!」
「ん?」
罪を犯した可能性のある人が送検された際、黙秘権というものが与えられる。検事の質問に答えない選択をする権利だ。
初めて、その存在を知った時「そんなんあるんならずっと黙ってれば良いのに」と思ったものだが、ゲロってしまう被疑者の気持ちが今ならよく分かる。
嘘をつき続けるのには、意外と精神力がいる。とんでもなく重い荷物を背負っている感覚だ。時間と共に早く手放して楽になりたいと思って耐えきれなくなるのだ。
相手が大切な人なら、なおさら。
「本当は、コンビニに行きたかったわけじゃないんだ」
家族に、気になる女性との密会をしていると報告する。
部屋のエロ本が母さんに見つかった時くらいの羞恥心に苛まれながら、全てを話した。
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