第5話 勝算0
公園に戻り、戦利品である駄菓子やアイスをベンチに並べる。
「それでは、コーヒーからどうぞ!」
手のひらをこちらに向ける若月さんは、バラエティ番組を進行する女子アナのようだった。だとしたらこれは食レポだろうか。いや、飲み物だから飲みレポか? 軽く頭の中が散らかりながら、少量口に運ぶ。
「い、いただきます」
やる前から考えても仕方ないので、とりあえず口をつける。カップに3センチほどの空洞から飲む仕組みになっているため、一気飲みできない構造になっている。
缶コーヒーはゴクゴクとがぶ飲みしていたが、これはそうはいかなさそうだ。
少量、口に運ぶ。
「‥‥‥お」
美味しい。
コーヒーの知識が皆無だから、どこがどう美味いのかを説明できないことが歯痒い。しかし、一つだけ言えるのは、ガブ飲むものではないということだ。
一気に飲んでしまうのが惜しく、チビチビゆっくり飲んで楽しみたい、そんな上品な味。
「美味しいです」
しかし、声に出した感想は淡白なものになってしまった。一丁前に味の感想を言うのが恥ずかしかったからだ。
こういうところが、俺に友達ができにくい1番の理由だよなぁ。もったいつけてないで、思ったことは言えば良いのに。
「でっしょー!」
しかし、若月さんは、こんなつまらない俺に素敵な笑顔を向けてくれる。
その顔をジッとみる。
改めて見ていると、メイクを頑張ってしているのが良く分かる。
図書館職員という立場上だろうか。全体的に控えめな印象を受ける。しかし、それは決して手抜きをしたわけではないと思う。相手を好印象を与える親しみやすさを出すことに成功しているからだ。
もし、夜のお店で働いている方々のように、華やかなすぎて眩しいメイクをしていたら、俺は自分から関係を持ちに行こうとは考えなかったかもしれない。
人は見た目じゃない。
そう、優しい人は言うけれど、俺みたいな半端者は外見に振り回されてしまう。怖いと思ったら近づくことを躊躇するほど、俺の心は弱い。
そう。俺はこの人の見た目が好きなのだ。
そして、中見も好きだ。
お酒の力を借りはするけど、変な男子高校生の悩みをしっかり聞いてくれる真面目なところが好きだ。
「どしたー? そんなに見つめちゃって。さては私のこと好きだろ?」
100%冗談である軽口。
ここは、「な、何言ってんですか!」と焦って返すのが正解だろう。若月さんも「ごめんごめん」と笑いながら言う。
そうだ。それが10以上年の差がある我々の模範的なやり取りだ。
そのうち、若月さんは職場の上司と結婚して、俺は同級生と運が良くお付き合いすることになる。それがきっかけで、この夜更かしの会は自然消滅してしまう。
大人になった俺は、高校生の頃に親切にしてもらったお姉さんに小さな恋をしていたことを思春期の思い出として記憶の端っこに仕舞う。
それが、若月さんと俺が辿るべき平和な道だ。
「‥‥‥嫌だ」
「ん? なんだい若林少年」
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
この恋の勝算は0に近いかもしれない。だけど、今の俺にとっては若月さんほど魅力的な人は想像すらできないのだ。
言え。
言えよ。
言っちまえ。
「はい」
これから言うセリフを、決して噛まないように慎重に舌を動かす。
「若月さんが好きです」
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