第4話 コンビニ

「分かるー!」


 クールビューティーな若月さんは、缶チューハイ3本目で遠い彼方へ消えていった。

 代わりに、ハイテンションで距離の近い酔っ払いオネエさんが再登場だ。

 ふむ。やっぱり俺はこっちが好きだな。


「分かるよー! 友達の作り方を忘れちゃう時ってあるよね! 私もさ、小学生の頃は虫取りとかして走り回っててさ。そのままの価値観で中学に進んだらビックリ! 一緒に走り回ってた連中が恋愛ドラマとかアイドルの話しかしなくなるんだもん! それについていけなくて図書室に逃げ込んだのが本好きになったきっかけだよ‥‥‥あれ? なんか最終的に良い話になってる?」


 相変わらずのマシンガントーク。

 喋るのって、これくらいテキトーで良いのかもしれないと、楽しそうに話している若月さんを見ていたら思う。


「そうだねー。そうなんだよねー。だからさ‥‥‥」


 さっきまで無限に言葉が出そうな勢いだったのに、突然歯切れが悪くなる。


「あの、あまり気にせずに‥‥‥は難しいか。時間が解決‥‥‥はもっとウザいか」


 東京でも少しは見える星の方向に目を向けながら、若月さんは気が利いたことを言おうとしてくれている。


「‥‥‥ごめん。スマートな解決方法が思いつかないや」


 申し訳なさそうにニヘラと笑う若月さんに、俺はこう思った。


 可愛い。


 干支を一周するほどの歳上に向かって失礼この上ない感想だが、今の自分の感情に向き合うと、この感想に行き着く。

 俺のために頭を巡らせてくれただけで嬉しいのに、何も思いつかなったと正直に言ってくれる、この大人の女性が可愛らしくて仕方がない。


「いえ。話を聞いてくれただけで楽になりましたよ」


 これはフォローではなく本心だ。

 アドバイス一つで悩み事が解決するなら、最初から悩んでいない。それでも話そうと思えたは若月さんなら受け止めてくれると確信していたから。

 出会って間もない間柄で、何を長年の大親友みたいなことを言っているんだと呆れられるかもしれないが、不思議なことに若月さんには警戒心を抱くことは皆無なのだ。


 それは、この人の醸し出す緩い雰囲気のせいなのか、恋愛感情という余計なもののせいで現実が見えていないのかは分からない。

 でも、今は分からないままで良いと思っている。

 何故なら俺の心は少し、ほんの少しだけ楽になっているからだ。

\



「若林少年は缶コーヒーが好きなのかい?」


 今日も自販機で買った缶コーヒーを見ながら、若月さんは訪ねてくる。


「まあ、はい」


 なんとも歯切れの悪い返事をしてしまう。

 俺には、特に好きな飲み物は無いと同時に嫌いな飲み物も無い。

 水分補給する際に缶コーヒーを購入する比率が多いのは、自販機の商品の中で締めている割合が他の商品より多いからでしかない。

 そんな消極的な選び方をしている自分が、こだわりが無い人間のようで恥ずかしい。


「そうなんだ。コンビニのコーヒーとかは飲んだことあるかい?」

「コンビニの?」

「うん」


 おそらく、若月さんが言っているのはレジ横にあるコーヒーメーカーで作るものだろう。


「飲んだことないです」

「ウソっ!」


 そんなに驚くことなのか?


「だって、買ってからもうひと手順あるのが面倒で‥‥‥」

「マジか! こうしちゃいられない! 今すぐコンビニに行こう!」


 勢いよく立ち上がり、俺の右手をガシッと掴む若月さん。

 手を繋いだたという実感は、無理やり引っ張られる痛みによって半減される。痛い痛い。

 それでもドキドキしてしまうのは、流石は童貞高校生である。


 しかし、都会というのはそこら中にコンビニがある。1分もしないうちに目的地に到着して手繋ぎタイムは終わりを告げだ。


 6月のジメジメしている空気から一転、コンビニの強すぎなくらいの冷房に身震いする。

 冷房の設定温度は、この季節の最も難しい問題だと思う。俺は、毎年効きすぎている冷房に当てられて体調を崩してしまう。


「コーヒーだけだと寂しいから、3つくらい好きなもの買っていいよ」

「マジですか」


 ちょっと嫌なことを思い出していたが、若月さんの大人だからできる大盤振る舞いにテンションが上がる。


 迷わず駄菓子コーナーに行く。

 所狭しと置かれている100円未満のお菓子達に心が躍る。

 さて。今回はコーヒーのお供ということを加味するべきだろう。そうなると‥‥‥。


「この3つでお願いします」


 アイスコーナーを見ていた若月さんに戦利品を見せにいく。


 アポロ、うまい棒コンポタ味、ポテトフライフライドチキン味。


 我ながら、完璧なセレクトと言えよう。

「コーヒーと絶対的に相性が良いアポロを主役に、うまい棒コンポタ味とポテトフライフライドチキン味を合間に食べることで甘味としょっぱさを同時に楽しむことができるんです」

 若月さんにプレゼンしてみる。少し早めに喋ってしまい、キモがられるかもと不安になったが、若月さんは予想外の反応をしてきた。


「‥‥‥君は可愛いヤツだなぁ」


 どこが?

 俺から見たら、ピノを手に取っている若月さんの方がよっぽど可愛く見えるけどな。

 

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