第2話 友達

「でさぁ! そのクソ利用者、土下座しろとかいうんだよ! 頭おかしいでしょ!?」

「そうですね」

「理不尽なキレ方するのって、やっぱ圧倒的におっさんが多いね! 若い利用者は怒鳴る子ってほとんどいないもん。この前ね。髪色がピンクの女の子がいてね。ちょっとビビってたんだけど、私がその子の探してる本を見つけたら<やっぱり図書館の人ってすごいですね>って言ってくれてさ。めっちゃいい子!」


 すっごい喋る。


 そのマシンガントークにより、この人は図書館職員なのだと情報を得る。個人情報が何よりも貴重とされるこの世の中で知り合ったばかりの若造にここまで心を開けるとは。

 やっぱり、酒の力ってすごい。

 こんなに本音をぶちまけられたら、気持ちいいだろうな。


「君も優しい子だよぉ。こんなアラサーの話に付き合ってくれるんだから。良い子良い子」


 頭を撫でられた。


 小学校に入ってからは、母親でさえもしなくなった頭よしよしをされた。

 なんてこった。これは新しい道が開いてしまいそうだぞ。


「や、やめて下さい」


 これ以上されたら、邪な気持ちを抑えきれそうになかったので、つい払いのけてしまう。


「あ‥‥‥ごめんね。子供扱いされたみたいで嫌だったよね。ごめんね、ごめんね。‥‥‥ヴゥ。私のこと嫌いになった? なったよね」


 泣き出した。

 5歳児でも、もうちょっと粘れそうなものだが、この人の涙腺は酒によってガバガバになっているらしい。


 大人の涙って、インパクトが強い。あと10分は見ていたい魅力を持っていたが、さすがに可哀想なのでフォローしておこう。


「別に、恥ずかしかっただけで嫌なわけではなかったです。俺の方こそ、乱暴に振り払ってすみませんでした」

「うわーーーん!!! 私が悪いのに謝ってくれるなんて、なんて良い奴なんだ君はーーー!!!」


 うわーんって現実で言う人初めて見たな。

 最初は面倒臭かったけど、このダメだけど面白い女性に興味が出てきた。


 だから、少しだけ踏み込んでみることにした。


「そういえば、お名前はなんていうんですか?」

「若月リラだよ。そちらさんは?」

「若林拓也です」

「お! 私達、若若コンビだね!」


 特に面白くないネーミングにケラケラ笑う若月さん。


「図書館にお勤めなんですか?」

「そうだよー。まあ、非正規だから給料クソ低いけどね」

「そうなんですね」

「うん。だから、この歳になっても実家暮らしですよ」


 おっと。実家住みだったか。

 だったら、最初からエロ漫画みたいな展開は皆無だったんだな。


「お母さんもお父さんも優しいからさ。こんなみっともない姿見せられないんだよ」

「あ。それちょっと分かります」


 ストレスが溜まっていても、家族にぶつけるのはセーブしてしまう。それ故に、さらにストレスが溜まっていく悪循環。


「優しさが苦しい時もありますよね」

「そう! 贅沢な悩みだけどね。だから、友達が必要なんだよねー。いないけど。ナッハッハー」

「‥‥‥」

「いや。ちょっと若林くん? ツッこんでくれないと恥ずいんだけどー」


 一人で笑う若月さんを見ながら、考えを整理することなく、勢いで思いついたばかりのアイデアを言ってみた。


「じゃあ、俺達友達になりません?」

「え!?」


 頭の中ではイマイチ形にならなかった思考が、話すことで整っていく。


「夜に公園に集まって愚痴りあうんです。家族には話せない本音を話し合える仲になりましょう。それが友達ってもんでしょ? 『夜更かしの会』を開きましょう」


 我ながら、大胆なことを言っていると思う。

 社会人のお姉さんと、夜に会う約束をしているのだ。


 末永が言っていた「たまにすごいことをする」ってのは、こういうところなのだろうか。

 さすが末永、人のことをよく見ている。


「お、おう」


 そんな俺の突発的な提案に若月さんは頷いてくれた。


「ありがとうございます。LINE教えて下さい」

「お、おうよ」


 LINE画面に数年ぶりの「新しい友達」との表示が出る。

 ヤバい。ちょっと嬉しい。


 左上に表示されている時刻を見る。

 4時56分。


「‥‥‥ふぁぁ」


 太陽が遠慮げに姿を見せ出す。部屋でカーテン越しに感じると絶望するその光を、ほんの少しだけ愛おしく思えた。


「じゃあ、今日はこれで。また連絡しますね」

「ウス」


 さっきから運動部みたいな返事をする若月さんを微笑ましく思いながら、家路についた。

 

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