夜更かしの会

ガビ

第1話 お人好し

「なんで、こんなこともできないの?」


 眠れない夜。

 布団に寝転びながら、この手の質問を何度もされてきたことを思い出す。


 みんなが当たり前にできることが、俺には難しい。

 勉強はもちろん、スポーツもコツを掴むのが人より苦手だ。しかし、時間と労力を倍使えば人並みにはなれた。そのまま努力し続けて、俺を馬鹿にしていた連中に勝つのが楽しくて仕方がない。


 必勝法のあるものは良い。努力の方向性が分かるから。


「‥‥‥ハァァァ」


 しかし、不眠症には今までのやり方が通用しない。

 目を閉じても、一向に眠くならない。もう深夜2時。明日も平日だから7時には起きないといけない。


 寝ないと寝ないと。

 そう焦るほど、目は冴えてくる。


 もちろん、良いとされる方法は散々試している。

 寝る90分前にぬるま湯に入ってみたり、睡眠効果があるアロマを使ってみたり。

 しかし、結果はこのザマだ。

 みんな、この時間は当たり前のように寝ている。

 昼間活動するための英気を養っている。

 そう思うと、寝れない自分が酷く劣っている気分になってくる。


「‥‥‥」


 あ。

 これはマズイ。


 最近は無かったネガティブの海に沈みそうになる。

 この海に沈んだら、厄介なことになる。


 時計を見ると、午前2時17分。

 もし、これからすぐに寝れたとしても3時間40分ほどしか寝れない。それだったら‥‥‥。


 寝巻きのジャージから外着に着替えながら、かつての友人に言われたセリフを思い出す。


「若ちゃんは普段おとなしいけど、たまに凄い行動力を発揮する時があるよな」


 これを言われたのは、どういうシチュエーションでだったか。

 思い出せないまま、着替えは終わり,家族を起こさないように音を立てずに夜の世界に飛び出した。

\



 夜中は、もっと静かなものだと思っていた。


 小説や漫画で、人っ子一人いない道のど真ん中で寝転がるという演出に憧れていたが、残念ながら池袋では出来なさそうだ。


 奇声をあげて踊っている連中がいるし、夜のお店で働いているであろう露出の多い服を着た女性とすれ違ったりと、圧倒されてばかりだ。

 酒という力を借りて、不思議なパワーを出している彼らと、高校生である俺とでは、明確な線が引かれている気がしてならない。


「酒か」


 酒が飲めるようになれば、今抱えている漠然とした不安とも距離を置くことができるのだろうか。

 そうは思うが、今の時代、自販機に酒は売っていないし、コンビニで買おうにも童顔の俺が店員さんを騙して買うことはできないだろう。


「‥‥‥はぁ」


 今夜で何回目かも分からないため息をついて、俺は足を進めた。


 こういう時、金の無い高校生は結局公園に行きつく。

 漫画喫茶という手も考えたが、全財産868円では手も足も出ない。できることと言えば、自販機で買った缶コーヒーを飲みながら黄昏ることくらいだ。


 アニメイトの真向かいにある中池袋公園には、人がいないので、安心して入った。


 座り心地の悪い岩のベンチに座る。そういえば、俺のことをたまに行動力が凄いと評してくれた末永とも、ここにきたことがあったっけ。


 中学2年生の夏、五つ子のヒロインによるラブコメ漫画の原画展がアニメイトで開催された時、一緒に行ったんだっけ。

 今以上に金がなく、特典のステッカーを一枚ずつしか買えなかったけど、末永と一緒だから楽しかった。

 五女推しの俺と、長女推しの俺達は、お互いにお互いの推しを引き当てた。


「交換するしなねぇよなぁ!!」

「おうよ!!!」


 オタク特有の謎テンションで交換しあった。その時の五女のステッカーは、今でも大切に保管している。


「中学が一番楽しかったなぁ」


 末永とは、高校が別々になってから疎遠になっている。俺は馬鹿で、末永は将来の夢は薬剤師という立派な目標を持っている秀才だ。こうなるのは必然だったのだ。

 しかし、時々こう思う瞬間もある。


「もっと俺が勉強を頑張っていれば」


 馬鹿だからと言って、末永の偏差値まで上げて同じ高校に行くことが不可能と決めつけたのは怠慢だった。


 怠けて、馬鹿高に進学した結果、現在の俺の友達は0人。

 中学のノリが全く通用しない、下ネタと悪口を中心にしたコミュニケーションについていけなかった。


 だから、寝る時に無意識に考えてしまうのだ。

 眠ったら朝がきてしまう。

 朝がきたら学校に行かなけばならない。

 また、一人で弁当を食わなければならない。


 別に起きていても、時間が経てば朝がくることは変わらないのに、俺は馬鹿だから寝ることを怖がっている。


 缶コーヒーを飲み終わってしまった。

 これで、やることもなくなる。

 もう、おとなしく帰るしかないのかと考えながら、空き缶を捨てに行く道中、何かに引っかかった。


「グエッ」


 体制を整えていると、足元からそんな声が聞こえてくる。

 声? もしかして、人の声?

 目線を下すと、嫌な予感が当たっていた。

 人がいないと思い込んでいたが、缶ビールを抱きながら地面に横たわっている女性がいた。


「うわ! すみません!」

「‥‥‥ンブして」


 慌てて謝る俺に、その女性は細い声で何かを伝えているが聞き取れない。


「え!?」

「オンブして」

\



「無理です」


 これがエロ漫画だったら、この酔っぱらい女性を無事に家まで送り届けるために住所を聞き、必死にオンブして送り届けるのだろう。

 そして、酔った勢いで一夜を共にして、朝、「またやろうね♩」と見送られる。これぞ健康的な男子高校が妄想する展開だ。もちろん俺も大好きだ。


 しかし、現実はそう巧いこといかない。

 帰宅部の俺に、成人女性をオンブなどできるわけがないのだ。


 女性の体重を推測するのはマナー違反だと理解しつつも、女性を改めて見る。


 黒髪ロング。何も印刷されていない白のTシャツに、黒いパンツに身を包んでいる。

 身長は160センチといったところか。

 体型は、特にふくよかというわけではないが、痩せているわけでもない。少なく見積もっても50キロ以下とは考えにくいだろう。加えて、この人は酔っているため、遠慮なく全体重を乗せてくる可能性が高い。


 結論、オンブは無理。

 しかし、俺なんかを頼ってくれた人を一言で見捨てるのも気が引ける。


「他にもやってほしいことはありますか?」

「うー‥‥‥水ちょうだい」

「了解です」


 それくらいなら貧乏帰宅部高校生でも叶えられる。

 自販機で水を買って女性に渡す。

 110円の犠牲を払って、罪悪感から逃れられるのなら安いものだ。


「じゃあ」

「え、いっちゃうの?」

「‥‥‥」


 末永の俺の評価をもう一つ思い出した。


「お人好し」


 

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