第27話:そして――――。
リディアを背に乗せたムスタファが、ジグザグと走りながらジャバウォックを翻弄する。
「ウィンド・カッター!」
ジャバウォックの足元に風の刃を発動。
それを避けようと少し飛んだところに、ムスタファが突っ込む。
リディアがムスタファの背中に立ち、ジャバウォックの脚に斬り掛かった。
「ゲギュァァァ!」
ザシュッという肉の切れる音、飛び散る血。
そして、怒りを露わにするジャバウォック。
金色の目玉をギョロギョロと動かしながら、高度を上げて天井付近を旋回。
またもやアース・バレットが降り注ぎだした。
「ちっ。みみっちい戦い方をするわね」
「あはは」
戦い出して一時間。
与えたのはさっきの脚の傷のみ。
進んだようで、進んでないとリディアが憤っていた。
アース・バレットはこちらも休めるけれど、ジャバウォックも休めている。
「どっちのMPが尽きるかで戦いの流れが変わるわね……」
「うん。俺は半分よりちょっと多いくらい」
「私はまだ五分の四くらいね」
やっぱりリディアの魔力は多いなぁ。
もう少し攻めた戦い方でもいいかもしれない。
「隙を見つけたら、大きめの魔法で攻撃してみよう」
「そうね……地に落としたいわね」
ニヤリと笑うリディアは、ちょっとだけ怖かった。
「水よ、渦巻け。荒れ狂い、巻き上げろ。ウオーター・ストーム!」
アース・バレットの隙を見つけ、リディアが魔法を発動。
水で竜巻を作り、ジャバウォックを巻き上げ、天井に叩きつけた。
鍾乳石のような岩とともにジャバウォックが落ちてきた。
「きゅ! きゅきゅ!」
リディアの肩に乗ったジーノが、リディアの頬をベチベチと叩きながら地団駄を踏んでいる。
どうやら、岩が落ちてくるのは予想外だったらしく、慌ててウインド・シールドを何重にも張っていた。
「もぉ! 邪魔よ!」
ジーノの物理攻撃は効果なし。
リディアに胴体をギュムッと掴まれ、俺の方に投げられていた。
「おっととと」
「きゅー!」
慌ててジーノをキャッチして、俺の肩に乗せると、ギュムムムっと抱きついてきた。
「ちょ、前が見えないから!」
「むきゅぅ」
俺たちがわちゃわちゃしている間に、リディアとムスタファがジャバウォックに向かう。
リディアの剣撃は、ジャバウォックの手と爪によって防がれている。
ジャバウォックがリディアに掛かっているところを狙って、ムスタファが背後に忍び寄った。
「グギャァ」
「グルルルルルル」
ジャバウォックの左羽根の付け根に噛み付き、離さないぞというように唸るムスタファ。
リディアがその隙をついて、右手首から先を切断した。
「ギュァァァァ!」
「きゃっ」
ジャバウォックの周りに濁ったウインド・シールドのようなものが一瞬展開され、リディアとムスタファが弾き飛ばされた。
その瞬間にムスタファがリディアを背中に抱えて、俺とジーノの側まで走って戻ってきた。
「グワゥ」
「きゅ!」
ムスタファが一声鳴くと、ジーノがリディアとムスタファに治癒魔法を掛けていた。
――――炎よ、壁になり、我らの前に聳え立ち、全てを阻め。ファイア・ウォール。
俺は慌てて防御壁の詠唱。
「ゲホッ。何あの攻撃。毒霧だったわ」
「っ! ブレスで毒があるってわかってたのに……気づかなくてごめんっ」
「それは私も一緒よ」
起き上がってニコッと笑ったリディアに、背中をポンと叩かれた。
「さぁ、まだまだやるわよ?」
「うん――――」
二度目のブレス攻撃を防ぎながら、体勢を立て直した。
ムスタファがさっき噛み付いたことで骨が折れたらしく、左羽根がだらりと垂さがっていた。
「右羽根もいける?」
「任せて」
「グァッ!」
勝ち気な二人の表情は、余裕を感じられる。
気を緩めすぎず、張りすぎずで、いい雰囲気で戦えている。
ジャバウォックは、先程の負傷で地面に仁王立ちしている。
そして、自分の周りに『ポイズン・フォグ』を展開していた。
リディアいわく、そんな名前なんだとか。
俺たちは全員がウインド・シールドとミスト・シールドの二重展開。
ジーノの判断でそうなった。
「きゅきゅきゅ!」
ジーノは相変わらず謎のシャドーボクシングをしている。
「ムスタファ、行くわよ」
「ガウッ」
駆けていく二人の背中を見つめつつ、ジャバウォックの動向を観察。
随分と疲れている。
片羽根では数センチの浮遊しか出来ない様子。
腕の切断面は血が止まっていた。
止血する能力と知恵はある。
相手と状況に合わせて防御や攻撃の方法も変えられる。
今までの魔獣たちとは知能が違う。
「戦いづらいね」
「きゅ……」
ぽそりと呟いたら、ジーノが小さな声で返事してくれた。
知能の高さでいうとジーノやムスタファもそうだけど、野生の猪突猛進さがない魔獣にはつい同情心が湧いてしまう。
勝手に攻め込んで来ているのは俺たちだから。
「――――でも、やらなきゃね」
「きゅ!」
気合を入れ直して、ジャバウォックの攻略方を考える。
兎にも角にも、右羽根と防御力の高い腕を無効化したい。
更に戦うこと三十分、二人は見事に右羽根と左手首を無効化に成功した。
「次で決めれる?」
「当たり前じゃない」
ジャバウォックに駆けていく二人の後ろ姿は、まるで遊びに出かける幼い子供と、玩具を見つけた仔猫のようだった。
戦力は恐ろしいほどに高いけど。
両腕を垂れ下げ、目をぎょろぎょろと動かしながら肩で息をするジャバウォック。
三度目のブレスを吐き終わり、気力が尽きたようだった。
「グアウゥゥゥ!」
「たぁぁぁぁ!」
ムスタファの爪がジャバウォックの喉を引き裂き、リディアの剣がジャバウォックの心臓を穿つ。
その瞬間、大きな炎が舞い上がった。
リディアが剣で魔法を放ったのだろう。
辺りに血飛沫が舞い、半身が焦げたジャバウォックの身体はドサリと倒れた。
「クリストフー!」
「ぐわうぅぅ!」
「ちょっとぉ!?」
血みどろなのに笑顔のリディアとムスタファが、俺の方に駆け寄ってくる。
ジーノは自分にだけ防御シールドを張っていたらしい、一ミリも汚れていなかった。
「っ、三人とも凄かったよ!」
「何言ってるのよ、クリストフもすごかったわよ」
「っ。うん」
リディアに洗浄魔法をかけつつ、抱きしめた。
「きゃっ⁉」
「ありがと、俺とパーティー組んでくれて。ありがと。俺ね、ずっと一緒にいたいんだけど、駄目かな?」
「っ――――!」
リディアが真っ赤な顔をして、ジャバウォックの魔石を採りに行った。
「ねぇ、リディア……フィールドの真ん中に何か魔法陣が出てきたんだけど」
「…………は? え、これって」
ギルド長だけに持たされている、緊急事態用の転送陣にそっくりだとか。
「たぶん、帰れる?」
「乗ってみる?」
「グワゥ!」
「きゅーきゅー!」
俺とリディアは疑心暗鬼。
ムスタファとジーノは行こうと急かす。
恐る恐る魔法陣に乗ると、パッと視界が切り替わった。
「……一階?」
「…………ね?」
一階にいたギルド職員と数人の冒険者や行商人たちが、俺たちの出現と、床の模様に騒然とした。
【ダンジョン踏破成功】
順 位:4番
期 間:5日
回 数:1回目
踏破者:クリストフ・マイスナー
リディア・コルレアーニ
ムスタファ(従魔)
ジーノ(従魔)
報 酬:レベル+5
全ステータス+50
「……なに、コレ」
その場にいた全員に祝福されたりと、大騒動になった。
「ねぇ、リディア。さっきの返事は?」
「っ……今は人がいるから、後で!」
リディアの顔は、帰り道も真っ赤なままだった。
パーティーはどうするかは、結局教えてはくれなかった。
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