第26話:ジャバウォック戦の開幕。




 ジャバウォックが天井付近を旋回しながら、アース・バレットを雨のように振らせてくる。

 一粒一粒が地面を数センチほどえぐっている。

 当たれば大怪我だ。

 ジーノの多重ウインド・シールドにいつも助けられている。


 天井付近の高さではムスタファのグラビティも、リディアのファイア系の攻撃も届かないので、ジャバウォックが降りてくるまでは何も手出しが出来ない。


 俺たちはこの最終フロアから撤退する気はない。

 ジャバウォックは、ここから出られない。

 つまり、我慢大会をするしかないのだ。




 どれくらいの時間が経っただろうか。

 先に痺れを切らしたのは、ジャバウォックだった。

 徐々に高度を下げ始め、攻撃範囲ギリギリを探っているような行動を取り出した。


「俺たちが何もしなければもう少し下がってくると思う?」

「…………たぶん」


 焦れったいし、アース・バレットは相変わらず降り注ぎ続けているけれど、我慢の時だろう。

 防御のみの姿勢で待ち続けていたら、ジャバウォックが更に高度を下げ始めた。


「来るよ!」

「ガウッ!」


 S級のジャバウォックを目の前にして、ムスタファが任せろとばかりに吠える。

 ジーノはリディアの肩の上で、シャドーボクシングにキックまで加えた変な動きをしていた。


「グガァァウ!」


 ムスタファが闇魔法であるグラビティを発動させ、ジャバウォックを地面に叩きつけた。

 ジャヴァウォックはかなり痩せているからなのか、下降している途中だったからなのか、今までの魔獣たちより効果的面だった。


「ゲギャ」


 地面で一声鳴いたあと、ジャバウォックは素早く起き上がり、上空へ戻ろうとした。

 ただ、先程とは違い五メートルほどしか飛べていないが、それでも上空という利点はまだ存在していた。


 ジャバウォックが飛び出た金色の目玉をギョロギョロと動かし、大きな口をパカリと開いた。

 口の中で黒と紫の闇のようなものが渦巻きだした。


「なにか来る……」

「きゅきゅ」


 ジーノが全員にウインド・シールドを掛け始めた。

 嫌な予感がする。

 

「炎よ、壁になり、我らの前に聳え立ち、全てを阻め。ファイア・ウォール」

「灼熱の炎よ、壁になれ。ファイア・ウオール」


 俺がファイア・ウォールを詠唱し始めた瞬間、リディアも理解したらしい。ファウストさんに教えてもらったものとは別のファイア・ウォールの簡易詠唱をしていた。


「ブレスね」

「うん」


 ジャバウォックは闇属性。

 だから、ムスタファのグラビティを受けても、また飛べるんだと思う。

 闇属性に多いのが、毒持ちだとヴァスコさんやアミタさんが言っていた。ムスタファは毒とか吐かないかと。


「ジャバウォックのあの感じは、なんだか吐きそう」

「同感!」


 ジャバウォックがギギャァァァと普通の竜種とは違う大きな鳥のような咆哮をし、ブレスを吐く。

 ファイア・ウォールにぶつかった瞬間、バチバチと火花が散った。

 俺のファイア・ウォールが消え、リディアのファイア・ウォールに。

 その間もジャバウォックは咆哮しながら、ブレスを吐き続けていた。


「炎よ、壁になり、我らの前に聳え立ち、全てを阻め。ファイア・ウォール」


 二度目のファイア・ウォールを展開する。

 ウインドシールドでも防げるとは思うけど、もし突破されたときにブレストの距離が近すぎて、毒を受けた場合が怖い。


 この怖いという感覚はなくしてはいけない、とファウストさんに言われた。

 特に俺の場合、ムスタファやジーノがいる。普通なら『無敵』だと思ってしまうだろうと。

 確かに、そう思ってしまうかもしれない。

 だから俺は、俺のステータスを忘れてはいけない。

 俺は、弱い。


「ムスタファ!」


 ジャバウォックのブレスが弱まりだした。

 そのタイミングでムスタファに再度グラビティを頼む。


「グガァァウ!」


 ジャバウォックが地面に叩きつけられる瞬間に合わせ、リディアが走り出した。

 勢いよく剣を振り下ろしていたので、入った! と思ったけど、聞こえてきたのは金属同士がぶつかるような音だった。 

 リディアの剣がジャバウォックの爪で受け止められている。


「まだよ!」


 受け流すように剣を爪に沿って滑らせると、ジャバウォックの眼を狙った。

 しかし、すんでのところでかわされてしまった。

 ジャバウォックの眼がまたギョロロロと動き始めた。


「おしい! 反撃くる!」

「ムスタファお願いっ!」


 リディアが後退しながらムスタファの背中に飛び乗った。

 ひらりと舞うように。

 まるで戦闘の女神のような光景。

 

 あれ? なんか二人が仲良しだぞ?


「何よ、変な顔して?」


 俺の隣まで撤退してきたリディアが、ジャバウォックから視線を外さずに聞いてきた。

 ちょっとモゴつきつつ、凄くムスタファと息が合ってると伝えると、ブフッと吹き出されてしまった。


「バカね」


 いつもより、少しだけ高い声。


「そういうのは、これが終わってから、本当に言いたいことを言いなさい!」


 そう叫ぶように言いながら、リディアとムスタファがジャバウォックに向かって駆けていく。

 リディアの肩の上では、ジーノがこっちを向いてニヤニヤとしていた。

 

 ――――うん。


 本当に伝えたいことのためにも、戦闘に集中しないとね。



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