第25話:とうとう。




 四一階に入った瞬間、目の当たりにしたものは、謎に謎を重ねたような光景だった。


「え……?」

「何をしてるのかしら?」


 肌の色が真っ黒な二足歩行の牛――ミノタウロスが、入口横にある巨大な岩に、助走を付けて体当たりを繰り返していた。

 普通のミノタウロスは浅黒い程度の茶色なので、たぶん希少種。ランク的にはAのはず。


「普通に通っていいみたいだね?」


 初めはこっちに向かってくるんじゃって警戒していたけれど、ミノタウロスは一心不乱に体当たりを繰り返すばかりだった。……岩に。


 四一階に入るまでは警戒していたムスタファが、トテトテと歩いてミノタウロスの横を通り過ぎていく。

 そして、こちらを振り向き『早くおいでよ』とばかりに一声鳴くものだから、行かざるを得ない。

 警戒しつつ、そっと横を通り過ぎた。


 警戒している俺たちが変だと言われそうなくらいに、ミノタウロスは岩しか見ていないし、ムスタファはのんびりと歩くし、なんとも言えない気分。


「……どういうこと?」

「…………私にも、わからないわよ」

「がうぅぅ」

「え、行くの!?」


 ムスタファに急かされてその場を離れたものの、いつまでも腑に落ちなかった。

 ジーノをちらりと見ると、ムスタファの頭の上で腹筋をしている。


「なにしてるのよ、あの熊」

「……筋トレ?」


 もしかして、ミノタウロスもトレーニング中だとか?

 ははは、まさか……ね?




 四五階で遭遇したのは、ファウストさんパーティーが倒さずに撤退したという、アイホートというなんだかよくわからない、たぶん魔獣。

 ブヨブヨとした薄青色の肌と、数えきれないほどの赤い目玉の集合体。その下に二十本の馬の脚がある。大きさはムスタファよりもちょっと大きいかな? と言う程度。

 そして、カクカクと方向転換しながら移動を繰り返していた。


「きんもち、わるっ!」


 リディアが自分を抱くようにし、腕を擦っていた。

 気持ちはわかる。

 方向転換するたびに、もこもことした頭らしき部分が赤い目玉と共に、ブルンブルンと震えるのだ。

 ちょっと、背筋がゾワッとする。


「前線はムスタファたちに任せるよね?」

「ええ、お願い!」


 先ずはジーノにウインド・シールドの多重展開を、ムスタファにはグラビティの指示を出した。


 アイホート自体はそんなに強くないらしいのだけれど、恐ろしいのはある一定の距離に近づくと、頭の中に語りかけてくる事らしい。

 言葉はよくわからないが、それが余計に頭が痛くなるというかボーッとなるそうだ。

 そうしているうちに気が付いたら、小さな蜘蛛のような見た目のアイホートの雛が全身に群がってくる…………らしい。


 従魔にはそのテレパシーの効きが悪く、この階では攻撃系の魔獣を従えているビーストテイマーが重宝される。

 じゃあ何でビーストテイマーは不遇なんだろうと思ってしまう。


 リディアいわく、そもそも四十階以上に挑んだことがあるパーティーが片手程度しかいないこと、四五階は現在ファウストパーティーしか挑戦していないかららしい。


「私達は遠くから目玉に向けてファイア系連発でしょ?」

「うん。少し面倒だけど」


 戦い方を教えてもらっていて良かった。

 ファウストさんが俺たちがしたことはそれだけの価値があると言っていた。

 誰かが怪我をしていたら当たり前に助ける。だけど、ダンジョン内では普通じゃないらしい。

 ファウストさんが、仲間たちの価値はそれくらいあるんだよ? と微笑んでいたのをふと思い出した。


「始めるわよ」

「うん」


 ――――炎よ、分裂せよ。矢になり、敵を穿ち、滅せよ。ファイア・アローズ!


 リディアはファイア・アローズで一度に十本の矢を出してアイホートの目玉を攻撃。


 ――――炎よ、桎梏しっこくの力を解き放て、爆ぜろ、ファイア・ボム!


 俺は矢では攻撃力がそこまで出ないので、確実に一つと周囲を潰していくファイア・ボム。




「はぁぁぁ、やっと終わった!」


 潰しても潰しても回復魔法で治癒されてしまうので、一時間以上もいたちごっこをしていた。

 母体(?)が倒されると、アイホートの雛は一緒に死ぬらしい。

 床一面に雛の死骸が転がっていた。

 

「早く! 次のフロアに行くわよ!」


 普段はボスを倒したらそこで休憩するけど、リディアはここでは休憩したがらなかった。

 気持ちはわかるので、俺も賛成した。




 ダンジョン攻略を始めて、リディアはかなり強くなった。

 俺も少しは強くなったと思う。

 ムスタファとジーノのおかげもあり、とうとう最後の階層だ。

 フィフティタワーの五十階には、ジャバウォックしかいないと聞いている。


 無理はしない。

 何かあったら撤退。

 命は大事に。


 ルールと戦略は、リディアとしっかりと決めた。

 

「さぁ、行くわよ」

「うん」

「グアァァォォ!」

「きゅきゅきゅー!」


 こんな時でも、ジーノの鳴き声は可愛い。


「あはは!」


 肩から余計な力が抜けた。

 それはリディアも一緒だったみたいで、クスクスと笑っていた。


 五十階は鍾乳洞のような作りで、天井はどのフロアよりも高かった。

 視力はそんなに悪くないけど、天井付近は薄暗いこともあり、少しぼやけて見える。

 もこもことした鍾乳石のような岩が天井から地面に向けて垂れていて、おどろおどろしい雰囲気だ。


 バサリバサリと羽ばたく音が上から聞こえてくる。


「……いた」


 驚くほど高い天井に、真っ赤な飛行体。

 ギョロリと飛び出て光っている金色の目玉。

 骨と皮のような見た目で、いたる所の関節がゴツゴツとして目立っている。

 大きさはムスタファとそんなに変わらないかもしれない。

 今までの竜種と比べて、とても小さかった。


「何か、気持ち悪いわね……」

「……うん」


 リディアが剣を構える。

 ムスタファとジーノは定位置に。

 

「来るよ!」

「ガウッ!」


 ――――最後の戦いが、始まる。



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