第21話:明日から、また。

 



 リンドヴルム戦で撤退し、フィフティタワーから戻った。

 戻り道に何度か戦闘は発生したけど、リディアは目を赤くしながらも淡々と魔獣たちと戦った。

 

「ねぇ、リディア」

「…………なに?」


 馬車に揺られながら、リディアに声をかけた。

 俺に顔を見られたくないのか、撤退に怒ってるのか、リディアはずっと目を合わせてくれない。


「明日はしっかり休もうね?」

「……うん」

「お父さんの剣とマントはどうするの?」

「……わかんない」

「そっか」


 剣とマントをギュッと抱きしめて座っている姿は、年相応の女の子のようだった。

 怒ってないみたいで、ホッとしたけれど、それと同時に同情とも憐れみとも違う、なんとも言えない感情がフッと湧いて、心臓が締め付けられた。

 もしかしたら、リディアはずっとずっと気を張り詰めて、背伸びをし続けていたのかもしれない。


「ねぇ、リディア」

「なに?」

「明後日から、また一緒に頑張ろうね」

「…………うん」


 縮こまったリディアの頭を撫でつつ、明後日はギルド裏の訓練場に行こうと話すと、こくんと小さく頷いてくれた。




 昨日一日、リディアはしっかりと休んだろうか?

 どきどきしつつフル装備でギルド裏の訓練場に向かうと、リディアがちゃんと来てくれていた。


「おはよう! リディア」

「ん、おはよ」


 少し気まずそうな顔をされたけど、気付かないふりをして明るく話し続けた。


「今日はまたムスタファに敵役になってもらおうと思って」

「……うん」

「昨日ね、ムスタファとジーノと話し合ったんだ」


 話し合ったと言ってもほぼ一方的に俺が話してて、二人の反応を見つつ決めただけだけど。


「ムスタファがね、全力で俺たちを攻撃してくれるって。ジーノは補助魔法と回復魔法を俺たちにガンガン掛けてくれるって」

「…………ムスタファが攻撃してくるのって、私にだけでしょ?」


 胡乱な目で見られてしまった。

 実のところ、そうなんだよね。

 ゼストさんにも確認したけど、従魔は主人を殺そうとは出来ない。した場合は契約時の魔力の首輪が締まり、従魔の首をはねる。

 ムスタファが契約した場所は手首だけど、そこは横に置くことにした。


「どうかな?」

「ええ。やるわ」


 良かった。

 リディアの顔つきが、いつもの勝ち気な女の子に戻った。

 リディアはその顔のほうが可愛いと伝えると、真っ赤になってまたそっぽを向かれてしまった。

 なんで?




「ジーノ! リディアの剣にウインド・カッターを!」

「きゅ!」


 リディアが振り下ろす剣に、ジーノの攻撃魔法を重ねる。

 すると、攻撃が何倍にも膨れ上がることをヴァスコさんに聞いた。

 タイミングがとても難しいらしい。

 何度かやるうちに、指示するタイミングが掴めてきた。


 本当に危ない攻撃はムスタファが自身で判断して、グラビティを掛けて避けてくれている。

 普通に剣での攻撃は爪やウインド・シールドで受け止めてくれた。

 ムスタファの反応の違いで、本当に効きそうな攻撃かも判断できそうだ。


「リンドヴルムの機動力を落とす必要があるから、先ずは手足の腱を切りたいね」

「うん、そうね。あの時、凄く頭に血が上ってて、そんなことも考えてなかったわ…………っし!」


 リディアがしょんぼりとしたかと思ったら、バシンと自身の両頬を叩いて気合を入れていた。

 ほっぺたが真っ赤になっていた。

 ちょっとだけ、リンゴみたいだよなんて笑いも出て、変に緊張していた空気と体がほぐれたような気がした。




 何日か特訓をしようと決め、訓練場でムスタファに敵役をやってもらっていたら、ヴァスコパーティーが様子を見に来てくれた。

 そして、俺たち対ヴァスコパーティーでの模擬戦。


「アミタ!」

「りょ」


 ヴァスコさんがアミタさんの名前を呼ぶと、それだけでその場に合う魔法を発動させている。

 全てアミタさんの判断かと思っていたら、ヴァスコさんがある程度の指示を出していたらしい。


「たとえば、だ。俺がアミタの名前を呼んで、剣を真上に向けて小幅に振る」

「すると、私は『あぁ、ウインド・ブレイド』が欲しいんだなと判断するの」


 目から鱗だった。

 だから、あんなにも素早い戦闘展開が出来るんだ。


「でもまぁ、これは脳筋仕様の指示ね」

「え?」

「ファウストはハンドシグナルだぜ。あとアイツそもそも自分で魔法出す派だから、戦い方が違うけどな」


 ハンドシグナルは、指や手の動かし方で指示を決めるというもの。

 右腕を力こぶを作るような形にし、拳をグッと握って、顔の横でキープ。これは止まれ。

 その手を肘ごと縦に上下させると、急げ。


「他にも色々あるぜ――――」


 様々なハンドシグナルや剣の動かし方を学んだ。




「サンダー・スピア」

「グアゥ!」


 ムスタファが一声鳴いて、ファウストさんの攻撃をひらりと避けた。


「ふむ……これは避ける程度でいいのですね」


 フィフティタワーで知り合った人たちが、俺たちが訓練場で特訓していると聞きつけて、相手になってくれている。

 今日はファウストパーティー。


「私たちの特訓とかこつけて、ムスタファたちと戦ってません?」

「ん? 気のせいだよ、気のせい」

「気のせいじゃ」


 目を逸らすS級冒険者さんたち。

 大鎚を持ったおじいさん――ジョルジュさんなんて、明らかにちょっと飛び上がっていたけど?


「気のせいじゃて!」

「ふぅぅぅぅん?」


 リディアの胡乱な目に苦笑いしつつ、付き合ってくれてありがとうございますと伝えると、ファウストさんに頭を撫でられた。


「君は本当にスレてないね。これからいろいろと辛いことや不条理なことも見るだろう。でもそのまま真っ直ぐでいてほしい」

「人間も魔獣も、狡猾で醜いものが多いからな。気をつけるんじゃぞ?」

「……? はい」


 それからも、様々なパーティーに何度も対戦をしてもらい、指示役としての知識や動き方を一ヶ月間みっちりと教えてもらった。

 

「そろそろ、再挑戦も視野に入れてみたらどうかな?」

「ゔー……だな……」


 ほぼ毎日様子を見に来てくれていたファウストさんとヴァスコさんに再戦を勧められた。

 ヴァスコさんは昨日飲みすぎたらしく、地面に座り込んで唸っているので、グロッキーなのか勧めてるのか、どっちかわからないけど。


「そう、ですね」


 ちらりとリディアを見ると、グッと目を閉じて何かを考えているようだった。

 でも数秒でいつもの勝ち気な表情に戻り、コクリと頷いた。


「明日から、再開したいわ。いい?」

「うん! もちろ――――」

「グルゥアァァァァァァァ!」


 俺が返事を言い終わる前に、ムスタファが身体がビリビリするほどに咆えた。


「るせぇよ! 頭にひびくだろがぁぁぁ!」

「ミギャッ」


 ヴァスコさんがムスタファに全力でゲンコツを落とした。

 はじめの頃は、ちょっとへっぴり腰でムスタファの相手していたのにね? なんてリディアと笑いあった。

 ヴァスコさんが耳を赤くしつつ「るせぇよ!」とまたムスタファにゲンコツしていた。


「ガゥゥ?」

「ぷきゅきゅきゅきゅ!」


 なんでまたゲンコツされたの? とでも言っているようなムスタファと笑い転げているジーノを撫でつつお礼を伝えた。


「ふたりも、毎日ありがとうね」

「ガウ!」

「きゅきゅっ!」 


 ムスタファは俺に全力頭突きをして喜んでいた。

 ジーノはリディアの胸元に飛び込もうとして、いつものように殴り落とされ、踏み潰されていた。

 辺りには楽しい笑い声が響き渡っていた。


 ――――明日から、また。


「リディア、俺、頑張るからね」

「うん」



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