リディア:強く、なりたい。

 



 父が帰ってこなくなって数ヶ月が経ち、少し諦めの気持ちが強くなりだしていた頃だった。

 父の元パーティーメンバーで、山に籠りっぱなしのゼストが珍しく訪問してきた。

 理解不能な少年と、理解不能な魔獣を連れて。


 ――――初めは彼らを利用するつもりだった。


 ただ、ダンジョン内を探索したかった。

 父に帰ってこいと言いたかった。


 上級者向けのダンジョンに長期間潜る冒険者は少なくない。それでも一ヶ月以内には戻ることがほとんどだった。

 いくら若い頃はS級の冒険者で、ソロプレイも得意だったからといっても、もう五十歳近い。

 あの頃とはいろいろと違うんだと言いたい。

 母のことを調べたいのなら、私も協力するから。そう言いたかった。

 弔い合戦だろうと、なんだろうと、手伝いたかった――――。




「え…………これ……」


 ボロボロに刃こぼれし、真っ二つに折れたいぶし銀の大剣が岩場の隅に転がっていた。

 見覚えのある深紅のグリップ。妙に広い金色のガード。

 父がいつも背負っていた剣。

 見間違える訳がない!


「これ……父の剣だわ」


 剣の折れ口はまだ輝きが失われていなかった。

 たぶん、折れたのは最近。

 けれど、剣と一緒にあった酷く破れて血のようなシミの付いたマントを見て、小さく芽生えた希望が萎んでいくようだった。

 

 滲み方からして、出血の量が多い。

 そして、血の色が赤黒く変色しきっている。

 父は、間違いなく――――。


 せめて何か他の痕跡だけでも……そう思って辺りを見回していたとき、ヤツが現れた。


 大地を揺るがすような咆哮。

 全身に鳥肌が立ち、手と膝が震える。

 これが恐怖なのか興奮なのか、自分でもわからない。

 ムスタファが異様に警戒していたことで、近付いてくる相手の強さが理解できた。

 

「電竜リンドヴルム!」

 

 なんてことなの……。

 近々階級をAからSに見直そうと話し合っていたリンドヴルム。それがこちらに突進してきている。

 人を軽々と飲み込めるであろう大きな口と、十メートル近い巨体。地を這って動く姿は、竜というよりは蛇に近いものがあった。


 ほとんどの冒険者達が、出会ったら戦闘を避けろと言う。

 理由は雷属性の魔法にある。それは、一度狙われると避けられない追尾型だから。

 父はきっと、これに……。そう、本能が告げてくる。


 クリストフはリンドヴルムの事を知らないようだった。

 たぶん、本当に真面目に生きてきたんだと思う。成人しないと冒険者の物や事に関わってはいけないという、ルールを守っていたから。


 初めは、利用してしまおうと思っていたのに。

 今は彼らの優しさや誠実さを知り、巻き込みたくないと言う気持ちが強くなってしまっている。

 それでも――――。




 意地でも、自力で戦いたかった。それくらい実力がついたと思っていた。

 でも、それは思い上がりだった。

 結果は大敗とも言えるような撤退。


 ムスタファに大きな攻撃を防いでもらい、ジーノに傷を癒やしてもらい、バフをかけてもらっても、リンドヴルムに致命傷はあたえられなかった。


「っ、う……ぅあ…………ぁぁ……」


 悔しくて悔しくて、ムスタファの背中にしがみついて泣いてしまった。

 

「リディア、特訓しよ。そして、また倒しに行こう?」

「……ゔんっ」


 頼りないと思っていたクリストフ。

 彼は、適切な判断が出来る人だった。

 私が頼りないから、弱いから、彼に「リディア、撤退しよ?」と言わせてしまった。

 小さな声で「ごめんね」と。

 彼にまで母と父のことを背負わせてしまっていたと、やっと気が付いた。

 クリストフが微笑んでまた挑もうと言う。

 すぐに前を向く、それは彼の強さ。

 すぐに笑える、それも彼の強さ。


 ――――強く、なりたい。


 特訓して強くなろう。

 色んな人から、戦い方を学ぼう。

 今の私には足りないものを知ろう。


 リンドヴルムを倒して、父を弔って、――――クリストフと正式なパーティーを組みたいから。



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