第20話:絶対に避けたくない戦い。
地を這いながらこちらに突進してくるリンドヴルム。
徐々に近づいてきて分かったのだけど、リンドヴルムは驚くほどに大きかった。ゆうに十メートルは超えているだろう。
「……大丈夫、やれるわ」
リディアは小さな声で自分を鼓舞していた。
リンドヴルムがこちらに向かって咆哮すると、それに呼応するようにムスタファも咆え、牙を剥いている。
それは今までに見たことがない反応だった。
余裕があまりない、そんな様子。
「行くわ……」
蛇と竜を足して割ったような巨大な魔獣。それに怯むことなく戦いを挑もうとしているリディアの後ろ姿は、鬼気迫るものがあった。
これは、リディアにとって絶対に避けたくない戦い。
ジーノがリディアの肩の上で薄く輝いているので、サポート魔法を発動させてくれているんだろう。
リディアが「ファイア・ランス!」と叫びながら、リンドヴルムの頭部に真っ赤に輝く剣を突き刺そうとしていた。
だけど、リンドヴルムには刺さらない。
ヤツは煩わしそうに尻尾でなぎ払おうとしたが、リディアとムスタファは軽やかにジャンプして避けた。
なんだか、いつものリディアらしくなかった。
頭部はどの魔獣も守りが固いのに。一発目で攻撃を入れる場所じゃない。
「落ち着いて! また尻尾が来るよ!」
「っ!」
リンドヴルムの尻尾がリディアの背中を掠めそうになった瞬間、ムスタファがリディアの腕に噛み付いてグイッと引っ張るようにして移動させた。
「ムスタ――――」
何をしているんだと声をかけようとした時、目が潰れそうな程の光。一瞬だけ遅れてくる雷轟。
さっきまでリディアが立っていた地面が焦げ付き、もうもうと煙を出していた。
リンドヴルムの得意技、『
あれを直に受ければ、命の保証はないだろう。
「ありがと」
「グァ」
リディアとムスタファが短い言葉を交わして、またリンドヴルムに向かっていった。
ムスタファはなんで『
俺はこの時から、リンドヴルムの動きを細かに観察することに決めた。
リンドヴルムの腕は小さめと表現されるものの、人間からしたら十分に大きいということを、戦っている姿を見て気付いた。
小さいのは、身体に対して、というだけだった。
身体をうねらせ、空間を切り裂くように振りかぶられる腕と爪。そしてすかさず喰らいつこうとしてくるリンドヴルムをリディアはタッチの差で避ける。
噛み付かれれば一巻の終わりだろう。
この戦いは確実に不利でギリギリのものだった。
リディアは致命的はないものの、少しずつ傷を負い始めている。
ある程度のところでジーノが治癒魔法をかけてくれているが、MPがどんなに多くても無限にかけれるものでもないので、ジーノの判断で調整しているようだった。
時々落とされる雷攻撃を回避しつつ攻撃を入れるが、どれも表層に軽く傷を付けるものばかりだった。
「リディア、雷がくるっ!」
段々と『
一瞬だけ止まってブルッと身体を震わせる、その瞬間に雷が落ちるのだ。
リディアが俺の声に反応しリンドヴルムから距離を取ると、さっきまでリディアが立っていた場所に雷が落ちた。
「ありがと!」
そうやって、リンドヴルムとの戦いを続けた。
リディアが明らかに疲弊している。
肩で息をし、時々視線が足元に落ちては、グッと無理やり上を向く動作が目立ちはじめた。
戦闘を開始して二時間が経った。
何も言わないが彼女の父は、きっと――――。
そう思うから、俺は何も言えないし、手出しはしない。
目の前で戦うリディアを見守りつつ、辺りには気をつけていたはずだった。
リンドヴルムが頭を天に向け咆哮した。
この戦闘中に初めて見る動きに一瞬戸惑った。
リンドヴルムが何をする気なのだろうかと見ていたら、ムスタファが俺の方に向かって走ってきて、ドスンと体当たりをしてきた。
「うわっ!?」
「グギャゥ……」
「きゃっ!」
次の瞬間、リンドヴルムの複数の雷撃がムスタファに降り注いだ。
そして、同時にリディアは爪で腕を引き裂かれ、大量の血を流していた。
「っ!」
ジーノがすぐに治癒魔法を掛けてくれたから、リディアもムスタファも回復したけれど、間違いなく弱い俺が狙われたから起きた事だった。
その後もムスタファとジーノはリンドヴルムに攻撃を仕掛ける事はなかった。
それは、リディアの気持ちがちゃんと伝わっているからだろう。
さっきの怪我以降は、リディアと俺を狙う雷撃が更に増え、二匹はそれらに攻撃を当てて相殺するのが手一杯になりつつあった。
「っ………………私じゃ、まだ……倒せない」
リディアが肩で息をしながら、悔しそうに唇を噛んでいた。
剣を持つ手は、小刻みに震えている。
攻撃を受けて出来た傷は、ジーノが全部治してくれている。
でも、心までは回復出来ない。
少し前から気づいていた、リディアの攻撃に覇気がなくなっているのを。
「リディア、撤退しよ?」
今からでもムスタファたちに任せたら、たぶん倒せる。
でもそれは違うから。
リディアは小さく頷いて剣を鞘に納めると、落ちていたお父さんの剣とマントを拾い、リンドヴルムに背を向け走り出した。
「ムスタファ!」
ムスタファが俺の意を汲んだのか謎だけど、リディアに体当たりして背中に乗せた。
俺は決して体当たりしろとは思ってなかったけどっ!
「ムスタファ、荒いって!」
「グルゥ?」
きょとんとした顔で、『そう?』とでも言うような鳴き声。
走って撤退しつつ、リディアに怪我がなかったかちらりと見る。
彼女はムスタファの背中にしがみつき、顔を隠して震えていた。
「っ、う……ぅあ…………ぁぁ……」
漏れ聞こえる声は、息が上がっているからじゃない。
きっと、泣いているから。
悔しくて、悔しくて、どこまでも悔しくて。
それは俺も同じ気持ちだった。
「リディア、特訓しよ。そして、また倒しに行こう?」
「……ゔんっ」
もしかしたら、リディアのお父さんが戦ったのは、リンドヴルムじゃないかもしれない。
もしかしたら、生きているかもしれない。
もしかしたら、リンドヴルムは既に誰かに倒され、また発生し直している別の個体なのかもしれない。
だって、ここはダンジョンだから。
だからこれは、リディアの気持ちを切り替えるための儀式。
とても大切な、儀式なんだ。
そしてこの戦いは、俺にとても大きな課題を残した出来事だった。
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