第19話:動き出すリディアの運命。




 新しい装備を手に入れて、リディアと二人で本格的にダンジョン攻略をすることになった。

 いままでなんとなく避けていた泊まり込みでの探索だ。


 俺たちの食料は乾燥系のものを数日分用意し、セイフティーエリアにある水場を利用して、煮込んだりする予定だ。

 簡易テントは荷物になるので毛布だけにした。ムスタファに寄り添えば温かいし、魔獣や心無い冒険者に襲われる危険性も減るので、リディアがそのほうが安心だと言ってくれた。

 

「上級者向けではほとんど無いけどね」

「中級のとこで会った人たちみたいな?」

「ええ。年に数十回は何かしら通報があるのよ」


 思っていたより通報が多かったけど、半分くらいはなんてことないトラブル程度らしい。

 でもその中に重犯罪が紛れ込んでいるから気は抜けないそうだ。


「来たわよ!」

「あはは、ワクワクしてるね?」

「本格的に使って、性能をきちんと把握したいじゃない?」


 リディアが新しいプレートメイルの胸当をカンカンと剣の柄で叩いて、軽い足取りで現れたオルトロスに向かって走り出した。


「リディアって、思っていたより好戦的だったね?」

「ガゥゥゥ?」

「きゅきゅっ!」


 誰よりも好戦的なジーノが、ムスタファの頭の上でシャドーボクシングをしていた。


「リディア! 三時に…………なんか気持ち悪いのが来てる!」

「はぁ!?」


 のたのたと歩いてこちらに向かって来ているけれど、なんと言ったらいいのか……。

 頭はライオンなのに体は巨大なアリ。

 リディアが炎を纏わせた剣でオルトロスを一閃したあと、右の方を向いて、ゲッソリとした顔になった。


「ミルメコレオね。…………ライオン頭のくせに、酸を吐いて厄介なのよ」

「ムスタファ、いける?」

「ガゥォン!」


 ムスタファに声を掛けると、尻尾をピンと立ててライオン頭のアリに向かって行った。

 ジーノは俺の肩に座って、ムスタファにウィンド・シールドを掛けてあげていた。そんなとこは優しい。




「とうとう二五階ね……今日はここのセイフティースペースで休みましょ」

「そうだね」


 荷物を下ろして、食事の準備。

 お鍋に乾燥野菜と干し肉を入れて煮込み、調味料で味を調える。

 日持ちする硬いパンを添えたら、ちょっと簡易だけど夕食の出来上がり。


「……君、本当に料理できたのね」


 ダンジョン内では料理はしないと言っていたから、そういうものかと思っていたら、ゼストさんの一言でしないのではなく『できない』ということを知った。

 それならと、俺が作るようにした。

 わりと母さんの手伝いをしていたから、料理は好きなんだ。


 お肉は干し肉ばかりなので、ムスタファたちはダンジョン内で倒した、食べれはする魔獣肉を調理することにしている。


 地上では食肉用の普通の動物たちが安定供給されているので、わざわざ魔獣肉を食べようとは思わなくなっている。

 ゼストさんいわく、かなり昔は食べていたらしい。

 食べられない訳ではないけれど、加工や血抜き処理されてないことと、食肉用より味や食感が落ちること、そういったこともあり、現代ではほぼ食べないとのことだった。


「ヴァスコさん、龍種は肉が美味いやつがいるって言ってたね」

「らしいわね……三十階から出るらしいじゃない?」

「プッ! 楽しみなの?」

「うるさいわねっ!」


 耳まで真っ赤にしたリディアがとても可愛かった。

 ダンジョン内ではいつもキリッとしているけど、こういった休憩中は素の部分が垣間見えるようになった。


「おまたせ、すぐに二人のご飯を用意するね」

「グアウ!」

「きゅ!」


 ムスタファは人喰い馬の肉の小間切れに下味を漬けてから焼いたもの。

 ジーノは俺たちと同じ煮込みの肉なしと、デザートにはちみつを二匙。


 お皿やボウルも増えると荷物になるので、俺たちが使ったものを軽くすすいでから、ムスタファとジーノの食事に使うことになった。

 流石に女の子はこういうのは嫌かなあと思っていたら、リディアが軽く「あら、いい案じゃない!」なんて返事してくれた。


 地面に厚手の毛布を敷くと、ムスタファがそこに寝転がった。


「わっ、もぉー。早いってば」

「ガウッ!」


 早く寝るよと言っているようだ。

 もしかしてムスタファ、初めてのお泊りにワクワクしているとか?

 ジーノなんて、自分用の毛布(ハンカチ)を持ってムスタファの上を走り回ってるし。


「全く、ダンジョンの中層を越しつつあるのに、気の抜ける子たちね」


 リディアが呆れたように笑いながらもムスタファの後脚辺りのお腹に寄り掛かりながら、横の床をほら早くと言わんばかりにポンポンと叩いた。

 え? 真横にいいの? とは思ったものの、寒いのかもしれないし、第三くらいの毛布になろう。


「失礼しますー」

「何よそれ」


 あははと笑われてしまった。

 ムスタファのお腹は驚くほど暖かい。すぐに眠くなるかと思ったんだけど、膝の上にムスタファの頭があって重たい。

 あと左肩に寄りかかって来ている物体から、異様にいい匂いが漂ってくる。

 左肩の物体については、深く考えてはいけない気がしている。




 左肩の物体がモゾモゾと動いた。

 

「ふぁぁぁ……んっ」


 可愛らしい欠伸に心臓がバクンと跳ねた。


「お、おはようございます」

「おはよ。起きてたのね」

「う、うん」


 リディアが目覚めるちょっと前に起きられて良かった。

 他の人たちより結構楽に探索しているらしいけれど、緊張と疲労はやっぱりあって、死んだように寝ていたらしい。

 起きたらよだれが垂れていて慌てて拭いた。

 

「さ、朝ご飯の用意をしよう!」

 

 気恥ずかしさを誤魔化しつつ立ち上がった。




 ご飯のあとは、順調にダンジョン攻略を進めた。

 上層階になるごとに天井は高く、マンティコアや小型のワイバーンなどが出てくるようになった。

 マンティコアの顔がなかなかにパンチ力があって攻撃しづらいねなんて話していた。


 三五階には三匹のアイスドラゴンがフロアボスとしていた。

 フロアボスは時々変わるらしい。

 リディアとアイスドラゴンの相性が良いというか、リディアが炎属性なので、アイスドラゴンに攻撃が面白いほどに効いた。

 

「ふぅ。上層階に近づくごとに一層の探索に時間が掛かるわね」

「うん。もう夜になってるね」


 そろそろ下るフェイズに移行しようということで、三五階のセイフティースペースで一泊した。




 上層になると、ダンジョン内でときおり長期攻略をしている他のパーティーとも顔を合わせるようになった。

 殆どが長期攻略組と、ヴァスコさんのパーティーや、ファウストさんのパーティーだ。


 軽く会話しつつ、リディアのお父さんのことを聞くけれど、やっぱりみんな最近見かけないとのことだった。

 何人かは地上に戻っているのかと思っていたらしい。

 そして、流石にどんな手練れの冒険者でも、ここらへんまで一人で攻略できないんじゃないかとも言われた。




 何度目かの上層階探索で、三八階に到達したときだった。


「え…………これ……」

「ん? どうしたの?」


 リディアが、フロアに入ってすぐの岩場に落ちていた折れた剣と、大きく破れて所々に血のようなシミの付いたマントを見つめていた。

 ダンジョン内は結構こういったものが落ちている。なのに、これに酷く目を奪われているようだった。


 リディアがゆっくりとした動作で座り込むと、それらをそっと手に取った。


「これ……父の剣だわ」


 ボロボロに刃こぼれした、いぶし銀の大剣。

 それは損傷は酷いもののまだ錆びてはいなかった。 

 慌てて辺りを見回していたときだった。


「グルルルルルルル」

「きゅ……きゅきゅ?」


 急に唸り出すムスタファと可愛く鳴くジーノ。

 妙にゾワリとする背筋。

 そして、どこからか響いてくる、大きな何かが地を擦るような音。

 

「雷竜リンドヴルム!」


 それは俊敏性に優れた蛇竜のような姿で、短い四肢を使い小回りが利くという。

 雷魔法を口から吐くことで有名な竜。

 A級に分類されているが、それはA級の五人以上のパーティーでどうにか倒せるという意味。でも、リンドヴルムはA級から頭ひとつ飛び抜けた存在らしい。


 リディアのお父さんの剣やマント、他の魔獣がいないフロア、そしてリンドヴルムの存在。

 それらを総合的に考えていくと、自ずと結果がでてくる。

 お父さんはたぶんアレと戦ったのだろう、と。


「クリストフ…………私だけの力で倒したい」

「……うん。わかった。ムスタファ、援護だけ頼める?」

「グラァウゥ……」


 ざしゅ、ざしゅ、とムスタファが前脚で床を掻く。

 やる気に満ち溢れているらしい。

 ジーノは、俺の肩からリディアの肩に移動した。


「ムスタファ、ジーノ。リディアを護って」

「ガウッ!」

「むきゅ!」


 二匹にしっかりと返事され、ホッとしていた次の瞬間、戦闘が始まった――――。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る