第18話:上級者向けの理由。




 ファウストさんのお屋敷を出たところで、すまないと謝られた。


「私が同行すれば早いのだが、この前駄目にした防具で怒らせてるから顔を出せないんだ。ただ、それが理由で拒否はしないから大丈夫だよ。たぶん!」


 そう言いながら爽やかな笑顔で手を振るファウストさん。

 『たぶん』の言葉が気になってしかたないけれど、手を振り返しつつ、おすすめの装備屋さんに向かった。




「ここ?」

「みたいね?」


 町外れの丘の上にぽつんと建つ一軒家……の隣にある大きめの倉庫。

 外見はどう見てもボロボロの倉庫。

 大きさだけは普通の家の二倍くらいあるけど。


 とりあえず、ムスタファとジーノに外で待つように言って、倉庫のドアをノックした。


「ああ?」


 しばらくしてドアがギィィっと開いて、厳つい隻眼のずんぐりむっくりとしたおじさんが顔を出した。

 少し寂しくなった頭と対象的なもさもさのヒゲ。

 顔が引きつらないように頑張って笑顔で挨拶した。


「こんにちは。あの、ファウストさんからしょ――――」


 バタンと閉まるドア。

 ファウストさん、どれだけ怒らせたんですか……。

 もう一度ノックをすると、わりと早めにドアを開けてもらえた。


「あの」

「証拠は?」

「へ?」

「ファウストの紹介っつー証拠だよ」

「これでいいかしら?」


 リディアがファウストさん手書きの地図とメモをおじさんに見せると、大きな舌打ちが返ってきた。


「チッ。中に入れ」


 どうにか中に入れてもらえて、テーブルに案内された。

 やっと一歩だ。

 中は店舗兼鍛冶場になっていて、おじさん一人で営業しているようだった。

 外の見た目からは想像できないほど綺麗に片付いていて、壁にはなんだか凄そうな武器や防具が展示されている。


「あんのクソガキが……。お前らクソガキに作ってやれだと? お前らのギルドカード出せ」


 それ次第では作ってやらなくもないと言われた。


「ただし、あのクソガキみたいに、一回で使用不可にしたら二度と作らねぇからな?」


 あっ、なるほど。怒らせた理由はそれだったんだ。

 たぶんあのプレートメイルの事だよね?

 確かに一回であそこまで溶けて駄目になっていたら、このおじさんはちょっと怒るかもな……なんて納得してしまった。


「全部のステータス開示?」

「当たり前だろうが」

「ハァ……わかったわよ」




【リディア・コルレアーニ(19)】

 ランク:  A

 L v: 47

 H P:416 補正値+70

 M P:142

 攻撃力:431 +90

 防御力:254 +70

 ジョブ:剣士

 スキル:剣神の乙女




「カァァッ! スキル持ちか!」

「ええ」

「ははははは! こりゃええ! よし、お前さんのは作ってやる」


 おじさんがバチーンと自分の膝を叩いて、なんだか楽しそうに笑ってた。

 スキル持ちの人って本当に珍しいらしいから、なかなか見れないんだとご機嫌な風に話していた。


「そっちの尻の青いガキは付き添いか?」

「いえ、俺もお願いしたいんです!」

「…………ギルドカード」


 ムスッとした顔で手を出されたので、ステータス全開示にして渡した。




【クリストフ・マイスナー(16)】

 ランク: F

 L v:72

 H P:35

 M P:46

 攻撃力:31

 防御力:40

 ジョブ:S級ビースト・テイマーLv.10

 従 魔:S級 ダークネスレオパルド オス ムスタファ

     S級 フェアリー・ベアー 性別不明 ジーノ




 シンと静まり返る倉庫内。とても気まずい。


「……お前…………偽装するにももう少し数字や内容を考えろや」


 何でか可哀想な子を見るような目をして、少し優しい声というか憐れむような声で話しかけられてしまった。

 気持ちはわかるんだけど、俺もなんでこんなステータスなんだよって思っているけど、絶対に偽装はしていない。


「はぁ? じゃ、このS級とかいう魔獣は? いねぇんだろ?」

「ちょっと待っててくださいね」


 倉庫のドアを開けて丘の上を走り回っていたムスタファを呼んだ。ジーノはムスタファの頭の上で何かやっている。


「ガフゥゥゥ!」

「何して遊んでたの? 楽しかった?」

「きゅ!」


 ジーノを肩に乗せ、ムスタファの頭を撫でながら倉庫に戻ったら、おじさんがドサッとイスからずり落ちてしまった。


「…………は?」


 リディアが苦笑いをしておじさんを見てるけど、助けてあげても良くない!?

 

「本物…………だな」

「です」

「レベルもかよ……」

「はい」

「ファウスト越してんぞ?」

「はい。なんでかそんなことになってます」


 ジーノをテイムしたときにもちょこっと上がった。

 なんでだろうなぁとジーノの頭を撫でていたら、ムスタファが脇腹に頭突きしてきた。

 これは『撫でて!』のやつだ。


「もぉ、さっき撫でたじゃん……」

「グルゥゥ」


 なんでかイジけた声を出されてしまった。

 仕方ないなぁとムスタファの頭を撫でていたら、おじさんがジーッとムスタファの口元を見ていた。

 

「なぁ…………牙とか、抜けたらくれねぇか?」

「え、抜けるんですか!?」

「ソイツ幼齢だろ」


 言われて納得。

 そういえばまだ一歳にもなってなかった。

 抜けあとどうしようもないし、もし見つけたら渡すことにした。


 おじさんが机の上にあったコップを一気飲みしてゲップをしたあと、倉庫の奥の方に来るように言った。

 飲みっぷりが明らかにお酒だったけど…………つっこんだらダメなやつかな?


「で、だ。お前さんに合いそうな武器は……ここだな。ねぇちゃんはこっちだ」

「うわぁ! これ、青色に光ってますよ!」

「そりゃ、ラピスラズリの粉末を混ぜているからだな。浄化の作用がある」


 店内の色んな武器を見て回る。

 ほとんどが魔法付与や、魔石や鉱石での強化がしてあった。


「俺、これにします」

「おお、良いのを選んだじゃねぇか」


 ペリドットが剣の中心に細長く埋め込まれた魔宝石短剣。

 怒りや悲しみや恐怖などのネガティブな感情を軽減する効果があり、それを補助する魔法も付与されているそうだ。

 代金は、父さんの給料一年分レベルだった。


「いいわねこれ。魔力を流すとどうなるか試していい?」

 

 リディアは炎属性の魔石をふんだんに使った剣が気になるらしい。

 剣での通常攻撃中に魔力を少し流すだけで、炎魔法の効果が付加されるらしい。

 流す魔力の量によって攻撃力が変わる。

 こっちは父さん三年分。えげつない金額だったけど、おじさん的には量産品なんだとか。


「防具は今のお前らならここらへんだろう」

「ありがとうございます」


 防具は俺はなるべく金属が少なめで軽めのものを選ぶ。

 いざというときはムスタファに乗ることもあるだろう。そんなときにフルプレートだと、機動力が落ちすぎる。

 あと、たぶん俺には扱えない。

 簡単に動いてるように見えるけれど、結構訓練しないといけないらしい。


「それならこのチェストプレートと――――」


 胸当と前腕当と脛当を渡された。


「あ、これ」

「さっきの短剣と同じ石を使ってる。相性がいい」

「ありがとうございますっ!」


 それぞれ、縁の一角にペリドットがあしらわれていた。

 このひげもじゃのおじさんが作ったとは思えないほど繊細なボタニカル模様も彫られている。


「あら、可愛い柄ね」

「女物だからな」

「……え?」

「サイズ一緒だからいいだろ」


 おじさんが雑だ。

 確かに、サイズはピッタリだけど。


「いいじゃない。似合ってるわよ」

「リディア、顔が笑ってるんだけど?」

「気のせいよ」


 にっこりと笑ってそう言われた。

 口でも戦闘でもリディアにはまだまだ勝てないらしい。


「ねぇちゃんは決まったか?」

「この濃い赤紫の宝石が埋め込まれたものはどんなもの?」


 リディアが、肩当に六枚の花びらのように宝石を埋め込み、俺のと似た花の彫りが施された軽装のプレートメイルを指していた。

 赤紫のような赤のような……角度でなんとなく色が変わって見える。


「そりゃアレクサンドライトだ。太陽光の下では深い緑、炎や室内灯では今の色で見える。ほんで、多重に魔法が付与されてる」


 魔法付与は外注していて、付与師が独断と偏見で行っているらしい。


「それには中級までのファイア系レジストと、低級魔法全属性のリフレクションを付与してんな」

「へぇ。すごいわね」


 宝石の効能として、装備した本人の能力値の底上げと、精神的な安定や信念を貫かせる補助をしてくれるらしい。

 アレクサンドライトのプレートメイルを見つめるリディアの緑の瞳がいつもより大きくなって、口角が少しだけ上がっている。

 あの表情は、決めた時の顔だ。


「これにするわ」

「いいが……お前たち払えんのか?」

「いくらなの?」

「ソイツは――――」


 上級者御用達の理由が理解できた。

 初心者や中級者では買えない金額のものばかりだ。

 あと、おじさんの審査も……ちょっと厳しい。




 リディアが頬を緩ませながら荷物を抱えて歩いている。

 ムスタファに持ってもらおうかと聞いたら、頬を膨らませて「自分で持ちたいの!」と子供のように言われて、悶えそうになったのは秘密だ。


 表情だけ見ると可愛いんだけど、荷物が凄い。

 効果と値段が凶悪なほど凄い。

 アレクサンドライトのプレートメイル、父さん五年分だった。値段を聞いた瞬間、俺はちょっとだけ飛び上がりそうだった。


「いい買い物をしたわね」

「う、うん」

「明日からまた頑張りましょうね!」

「うん!」


 楽しそうに鼻歌を歌いながら歩くリディアの横で、ちょっとだけ明日から出会うだろう魔獣たちに同情したのも、秘密だ。



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