第16話:トップランカーとの出会い。

 



 ヴァスコさんたちと出会ってからそんなに経っていないある日、新たな出会いがあった。




「うわっ! 大丈夫ですか!?」


 上級者向けダンジョン――フィフティ・タワーの十五階層に入ったところだった。

 全身に火傷や切り傷を負って憔悴しきっている六人パーティーが、床に倒れ込んでいたので、慌てて駆け寄った。

 もう手遅れかもしれないと思う有様の人もいた。


「ファウスト!?」

「え……ファウストさん?」


 ファウストさんは、この国で最前線を走っている冒険者。つまり、ランキングのトップランカー。

 金色の長い髪と青い瞳、白銀に輝くプレートメイルで有名で、新聞などに良く似顔絵や逸話が載っていたりする。

 煌々として、爽やか。

 そんな印象の人だったけれど、今は見る影もないほどにボロボロだった。


 リディアが彼の名前を呼ばなければ、気づかなかったかもしれない。

 髪は半分の長さに焼け焦げ、輝いていたはずのプレートメイルはいぶし銀のようにくすみ、脇腹を覆っていた場所が溶け、そこから覗く傷口からはおびただしいほどの血が流れ出ていた。

 

 そして、誰よりも深手を負っている。

 それなのにムクリと起き上がり、こちらを警戒しつつ仲間を庇おうとする姿は、男の俺でもドキリとするほどに格好良かった。


「ゴボッ……っ、私達に……何か用かい?」 


 ファウストさんが咳をした拍子に、口から少量の血を吐いた。


「何か、って。……その、何があったんですか」

「………………ソレは、君たちの従魔かい?」


 ファウストさんが警戒を解かない理由が解った。というか、失念していた。

 ムスタファだ!


「従魔です、すみませんっ! あっ、ジーノ、お願いしていい?」

「きゅきゅーきゅ、きゅっ」


 俺の肩に座っていたジーノの頭を撫でつつお願いすると、両手をふよふよと動かしていた。

 緊張感ゼロな動きと鳴き声だけど、やっていることはかなり凄いんだと思う。


 エメラルド色の透き通った幕のようなものが、ファウストさんたちを覆うと、瞬く間に傷を癒やしていった。

 だけど、ファウストさんの脇腹の怪我は、あまり変化が見られなかった。


「きゅー……きゅ!」


 ジーノが俺の肩から飛び降り、ファウストさんの方へとてとてと歩いていく。

 僅かに警戒を強めたファウストさんに大丈夫だと伝えていると、ジーノがファウストさんの脇腹に手をかざした。


「なっ!?」


 あり得ないほどに眩しい金色に近い光が、ジーノの手からファウストさんの脇腹へと伸びていた。

 見る見るうちに脇腹の怪我が癒えていくさまに、ファウストさんたちは顔を青くしていたけれど、このときの俺は全く気づいていなかった。


「うわっ、ジーノ眩しいよ? 何してるの?」

「きゅっ!」


 ジーノが『終わったよ!』とでも言うように右手を上げて、とてとてと俺の方に戻ってきたので、抱き上げて頭を撫でつつお礼を言った。




「――――本当に、心から感謝する」

「ちょ、や、やめてくださいっ」


 トップランカーであるファウストパーティーの面々に深々と頭を下げられる、という状況にタジタジしない人っているんだろうか?

 俺は、いま本気で、軽く気絶しそうだ。


「ファウスト、何があったの?」

「「ギルド長!?」」


 リディアがファウストさんたちの前に進み出て、話を聞き始めた。


 いわく、三五階層でファイアドラゴンの群れに襲われた。

 全員命は無事ではあったものの、主戦力のファウストの重症、回復がメインの魔道士までもが怪我をし、魔力も尽きて下っている途中だった。


「本当に、助かったよ。心からの感謝を」

「わわわわ、また!? 頭を上げてくださいっ」


 慌てて止めると、なぜかみんなからくすくすと笑われた。


「可愛らしい少年だね」

「でしょ?」


 リディア、なんでそこでドヤッとした顔なの?


「ところで、リディアはギルド長を辞めたんだってね」

「あら、知ってたの?」

「一度外に戻ったときにね。ただ時間がなくて細かな確認は取れてなかったけど、本当なんだね」

「そろそろ、本気で探そうと思って」


 リディアの両親の話は、ファウストさんも知るとろこらしい。


「なるほど。そして、君が噂のビーストテイマーだったのか」

「噂!?」

「そんなに目立つ存在を連れていて、噂にならないと思うかい?」


 そう言われると、そうかも。

 町中では、わりと遠目に見られてるなとは思ったけど、ムスタファが大きいからとか、怖がられてるんだろうなとかしか考えてなかった。


「君はほんと、スレてないわよねぇ」

「なかなか面白い子だ」

「でしょ?」


 ファウストさんにジッと見つめられて、何だか顔が熱い。

 今更、目の前に憧れのトップランカーがいるんだとか気付いた。いや、頭ではわかっていたけど。

 

「クリストフくん、私のパーティーに入らないかい?」

「へ!? えっ?」

「あぁ、リディアもついでにどうかな?」

「あら、失礼ね?」

「ふふっ。君は何度誘っても断るじゃないか」


 え、リディアってS級パーティーの誘いを断っていたの!?

 ってか、断ってもいいものなんだ?

 憧れた人からの、誘い。

 チラリとリディアの顔を見るけど、何の感情も読み取れなかった。


「っ、その…………すみません」

「きゅブッ!」


 勢いよく頭を下げたせいで、ジーノが地面に落ちてしまった。

後で謝っておこう。


「大変ありがたいお誘いなのですが……」


 どう話そうかと迷っていたら、ファウストさんに頭をポンポンと撫でられた。


「はははっ。うん、わかってるよ。いきなりすまなかったね。それから、助けてくれて感謝する。このお礼は必ずするよ」

「そんな、当たり前のことですから! 気にされないでください」


 ファウストさんのパーティーメンバーさんたちから「ぐあっ、ピュア!」と「きゃぁっ!」という声が聞こえてきた。

 悲鳴は、ジーノがアーチャーである女の人の胸元に潜り込もうとしていたせいだよね?

 慌ててジーノを回収して、アーチャーさんには謝り倒した。

 



 怪我さえ回復すれば、ここからは自分たちだけで下れるとファウストさんに言われたので、手を振って別れた。

 俺たちは上に向かうため歩みを進めていたときだった。


「ねぇ」


 声を掛けられて横を見ると、少し寂しそうな顔のリディアがいた。


「断ってよかったの?」


 ファウストさんに誘われることは滅多にない。凄い事なのよと言われた。

 リディアも断っていたんだよね? と確認すると、自分はどうしても遂げたいことがあるからと言われた。

 それなら、俺にだってどうしても遂げたいことがある。

 仲間との約束を破るなんて言語道断だ。


「リディアとの約束があるのに? 俺は絶対にそんなことしないよ」

「っ、うん……行くわよ!」


 早足で歩き出すリディアを慌てて追いかけた。

 なんだか、リディアの耳が赤い気がする。

 不安そうにしていたけど、俺の気持ちちゃんと伝えたし、安心してくれたかな?



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