第13話:特訓、そして癒やし。

 



 ギルド裏の訓練場で、リディアに短剣の扱い方を習った。

 改めて確認するような内容や、逆手に持って使うといった新たな技、手入れの仕方などだ。


「そう! もっと素早く」

「はいっ!」


 ムスタファを敵に見立てて、闘い方も教わった。


「そこに腱があるの。致命傷にはならなくても、動きを抑えられるわ」


 すごい人だとは思っていたけど、三歳しか違わないとも思っていた。

 前線でずっと働いていたリディアと、殆ど何も知らずに冒険者になった俺とは、こんなにも知識や技術の差ってあるんだなと再認識した。


「私は両親ともに冒険者だったから――――」


 冒険者業は危険も伴うので、成人と認められる十六歳までは魔法やダンジョンの事は教えてはいけない。……と、言われているが、禁止事項ではない。

 いわゆる『努力義務』、罰則はないがなるべく守って欲しい、みたいな扱いだ。


 冒険者が身近にいると、わりとコソッと教えてもらえることもあるらしい。

 だけど、俺の周りにはいなかったし、両親は全く違う職種だったことと、何気に真面目なので『努力義務』は絶対遵守だった。

 俺も、それでいいと思っていたし、今も思っている。


「冒険者になること、よく許してくれたわね」

「夢は、全力で追いかけていいそうです」

「素敵じゃない」

「はい!」


 ちょっと気弱な父さんと大雑把な母さんだけど、俺自身から見てもけっこういい親だと思う。




「ただいまー」

「クリスちゃーん、おかえりー!」


 家に帰ると母さんがニヤニヤとした笑顔で迎えてくれた。

 いい母親なんだけど……こういうときは、碌な事を言わない。


「リディアちゃんと仲良く出来てるー?」

「うん、できてるよ?」

「あ、この感じは色恋のアレはないのね。ちぇっ」

「ママは、いつも楽しそうだねぇ」


 急にプリプリしだす母さんと、ほのほのと笑う父さん。

 我が家って、ほんと平和だなぁ。


 夜ご飯とお風呂を済ませて、部屋に戻った。

 ベッドに座ってちょっとダラダラしつつ、明日の準備。

 

「ムスタファはまだ眠くない?」

「グワゥ!」


 ジーノはお腹いっぱいになったせいか、既にジーノ専用のベッド(カゴ)に寝ているけど、ムスタファはまだ大丈夫みたいだ。


「こっちは真剣にダンジョンに挑んでるのにさ」

「ガウゥゥ?」


 ムスタファがベッドに頭を乗せて首を傾げる仕草って可愛い。

 鼻頭を撫でつつ話を続けた。


「母さんはすぐに恋愛話にしたがるんだからぁ」

「グルゥ!」


 なんとなく『それ!』って言ってくれたような気がする。

 恋愛ってまだよくわからないし、今は冒険者の事をいっぱい学びたいんだよね。


「……ファイア」


 人差し指を立てて、小さな炎を出してみる。

 寝る前のちょっとした訓練。

 俺のMP量だと、寝ている間に全回復できるから、この時間なら程度消費しても大丈夫。明日には響かない。


 ゆらゆらと揺らめく、ろうそく程度の炎。

 ファイアを長時間保つ秘訣は、魔力を細く長く出し続けること。

 こういった地味に見える訓練も、魔法の技術を向上させる方法だと教えてもらった。


「ムスタファ、魔法って難しいね」


 想像して、詠唱して、イメージを固めて、それに見合う魔力を放出。多すぎたらその分が無駄で、少なすぎたら効果が弱いか、不発。

 簡単そうに見えて、同時に色んなことをやっていた。


 普通の人たちは魔導具に頼って生活している。冒険者になるまでは気にもしていなかったけど、凄く納得がいった。

 魔導具は魔力を軽く流すだけで済むから、どんな人にも使える。


 トイレとかは三歳くらいから一人で使っていた気がする。

 手をかざして水を出す。ただそれだけ。何も不思議になんて思わなかった。


「はぁ。冒険者って、凄いね。俺さ……もっともっと色々と学んで、リディアを助けてあげたい」


 今はまだ、ムスタファに頼りまくりだけど。


「ムスタファ、リディアのサポートありがとうね。俺が出来ないこと、押し付けてごめんね」

「ガウワゥ!」


 ムスタファがちょっと怒ったように吠えながら、俺の手に頭突きをしてきた。

 

「あっ、もう! 消えちゃったじゃないかー」


 特訓中のファイアが消えてしまったけど、ムスタファはそんなことは知らないとばかりに、頭突きを繰り返してくる。

 よしよしと撫でると嬉しそうにすり寄ってきた。

 頭突きは、猫科にとって『好き』の表現。


「ムスタファは好きでやってくれてるんだね?」

「ガウッ!」


 そうだよ、と言わんばかりに吠えられた。


「はぁ、ムスタファは可愛いなぁ」

「グァウゥゥゥ!」

「あははは! ごめんごめん、格好良いよ」

「ガゥ!」


 枕元にジーノが寝ているカゴを置いて、寝る体勢を整えていたら、ムスタファがベッドに両前脚を乗せてきた。


「ガウゥゥゥ……」

「えー? ムスタファも乗るの?」

「ガウッ!」

「壊れないかなぁ?」


 心配しているのに、ムスタファはそんなの知らないとばかりに、ベッドにグイグイと乗り上げてくる。


「もお、ベッドと床がギシギシいってるし!」

「グアァゥゥ」


 ほら寝るよ、とばかりにムスタファがベッドにドサリと寝転がり目を閉じてしまった。


「もぉ!」


 ムスタファに抱きつく。

 少し早めの呼吸音と、上下する胸。

 そして何よりも、俺より高い体温。 

 それらが、程よく疲れていた体と心を癒やしてくれる気がした。


「ふぁぁぁ、おやすみムスタファ」

「グル――――」


 ちょっと大きめのゴロゴロ音を聞きながら、目蓋を閉じた。

 明日はまたダンジョンだ。

 リディアの足を引っ張らないよう、もっともっと頑張りたい。

 


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