第10話:リディアとの訓練。
頬がギュムギュムムと押し潰されているような…………あれだ、これは踏まれているパターンだと思う。
「…………ムシュトァファ?」
「ガゥ!」
潰れ気味の口でどうにか名前を呼んだら、踏み踏みを止めてもらえた。
「グワウゥ!」
「はいはい、起きるから……」
寝ぼけまなこを擦りながらダイニングに向かうと、今日も母さんはハイテンションだった。
「ほらほらほら、リディアちゃんと待ち合わせしてるんでしょ? 早くご飯食べなさい!」
「はぁい」
「……」
父さんの横に座ると、なぜかソワソワされた。まだムスタファが怖いのかな?
「な、なぁ……何でクリスも母さんも特に気にしてないんだ?」
「え、なにが?」
「肩に熊が乗ってるんだけど!?」
「あー」
昨日テイムしたフェアリー・ベアーのジーノ、何でか俺の肩に乗りたがるので好きにさせておいた。寝るときはなぜか俺の首の上だったな。
あんまり重たくないから気にしてなかったけど、ムスタファもベッドに乗りたがったので大変だった。
ベッドが壊れるからダメだと言ってもなかなか聞かなかったんだよな……もしかして今朝の踏み踏みはまだイジケてたから?
「肩に乗るのが好きみたいだよ」
「え……あ、うん」
よくわからないけど、父さんがゲッソリしていた。
「はーい、朝ご飯よぉー」
俺たち家族は、ベーコンとスクランブルエッグとパンとスープ。
ムスタファは、炒めた大量の挽き肉とスクランブルエッグとパンとスープ。……スープも飲むんだね?
ジーノには、カットフルーツとはちみつ。
昨日連れ帰ったとき、フルーツに抱きついたり、はちみつの瓶に抱きついたりしていたので、母さんが出したら大喜びだった。
「今朝もね、ムスタファちゃんとキッチンに来てね、りんごに抱きついてたのよー! もぅ、可愛いの!」
二匹とも俺より早起きなんだなぁと朝ご飯を食べていたら、父さんが横でしょんぼりしていた。
「我が家のエンゲル係数が……」
「あ! そうそう!」
昨日バタバタしすぎて忘れていたんだ、ごめんね、とダンジョンでの稼ぎの半分近くを母さんに渡した。
もう半分は『リディア返済貯金』。
ちょこっとだけは、自分のお金にしようかなと思っている。
「まぁまぁまぁまぁ! こんなに!? すごーいクリスちゃん!」
「…………」
母さんは大喜び、父さんはテーブルに突っ伏して動かなくなった。
とりあえず急いでご飯を食べて、着替えて家を出た。
しっかりとお弁当も持って。
待ち合わせしていたギルド裏にある訓練場を見渡す。
リディアはまだ来ていないらしい。
訓練場はかなり広い。一番端にいる人が豆粒くらいだ。
そこに剣、弓、体術、魔法などを訓練できる場所が区分けされている。
訓練場に向かってくるボーイッシュな女の人が見えた。どうやらリディアみたいだ。
今日のリディアは、緩めの上着にピッタリとしたズボンで、とてもラフな格好だった。
スーツ姿は凛としていて才女って感じだった。
戦闘服のアーマー姿は戦乙女のようで格好良かった。
女の人って、服装でこんなにも変わるんだなぁ。
「クリストフ! おは………………なにそれ?」
「おはようございます、リディア」
ポカンとしているリディアにジーノを紹介した。
シャンプーしてホワホワになった、小さな熊の妖精だよ! と言ったら、呆れ返られてしまった。
「……君って、ほんとイレギュラー過ぎるわ」
「え……どこが?」
「はぁぁぁ」
返ってきたのは大きな溜め息だった。
「またS級……しかもフェアリー種…………なのに、言うことは『可愛い』だけって」
「え、可愛くないですか?」
「可愛いわよっ!」
「何で怒るんですか……」
ジーノの両脇を持ってリディアに渡したら、頬を緩めて受け取ってくれた。
リディアって動物が好きだよね、と思ったんだけど…………。
「なっ! ちょ! 何こいつ!?」
「ジジジジーノ!? ダメだよ! ダメだって!」
なぜかジーノがリディアの胸元に潜り込みだして、というか上半身は既に服の中に入り込んでる。
足をバタバタさせて更に潜りこもうとしていたところを、リディアがガシッと捕まえて地面に投げ捨てた。
「ぴぎゅ!」
そして、思いっ切り踏み付けていた。
流石に申し訳ないのと、ジーノが悪いから止めなかったけど、ジーノ大丈夫かな……。
「なっ、何なのコイツ!」
「えっと……えっと、その、ごめん。よくわからないです……ごめんなさい」
リディアに頭を下げて謝っていたら、ジーノがリディアの足の下から這い出して、俺の肩に戻ってきた。
そしてなぜか、俺の頬をポンポンと叩いて慰めてくれた。
ジーノ、それはちょっと腑に落ちないよ?
「とりあえずっ! 魔法の訓練するわよ」
「はい、ごめんなさい。よろしくお願いします!」
当初の予定通り、魔法の基礎と使い方を教えてもらうことになり、訓練場の魔法区画の隅に移動した。
「さて、先ずは昨日のおさらいからね」
「はいっ」
昨日リディアに口頭で習ったのは初級の炎魔法。
基本詠唱は『炎よ、集え、灯れ。ファイア』
リディアの指先にボッと拳大の火の玉のようなものが現れた。
短縮詠唱は『灯れ。ファイア』
「これは、細めの松明程度の揺らめく炎が指先に灯るわ。私は炎属性が得意だから他の人よりは少し強くなるわ」
リディアの言うとおり、ダンジョン内にあるような、普通の松明くらいの炎だった。
指先五センチのところに炎がふわふわと浮いているけど、熱くはないんだろうか?
「ふふっ。懐かしいわね」
初心者や子供はよくそう聞くそうだ。『子供』と言われてちょっと恥ずかしかった。
術者には熱は感じないようになっているらしい。これも、そういうものだと思うことが大切らしい。
魔法って、不思議だ。
「完全省略は、ただ『ファイア』と言うだけよ」
これは、指先にポッと蝋燭のような灯火が灯るだけだった。
「完全省略が一番魔力消費が少ないわ」
ただ、訓練はイメージも大切になってくるから、先ずは基本の詠唱からしたほうがいいと言われた。
「基本から。えっと……『炎よ、集え、灯れ。ファイア』」
ポンッと現れたのは、俺の拳の半分くらいの大きさの火の玉。
「ちっさ…………っ! えっと、イメージはちゃんとできているわね!」
いま明らかに小さいって聞こえたんだけど。そして、なんだか慰められている気がする。
チラリとリディアを見ると、サッと目を逸らされた。
「ギルドカードを確認しましょう!」
ギルドカードに魔力を流すと、MPの項目が『40/42』という表示に変わっていた。
少し減っているってことだよね?
「あら? 思っていたより少ないわね」
どうやら初心者の内は、魔法に対して魔力の出力量が多すぎになる傾向があるらしい。
「じゃあ次はもっと集中してみて。ファイアの大きさをきちっとイメージしながら詠唱よ。魔力消費量は変えずによ?」
リディアの注文が多すぎるのと、思っていたよりスパルタだったけど、頑張ってついていきたい。
お腹にぐっと力を入れて指先を見つめて唱えた。
十回くらい基本の詠唱を練習した。
簡易は消費1、完全省略は二回詠唱で消費1だったので、それぞれ二十回近く練習させられた。
MPは6/42になっていた。
「魔力残量が少ないと頭が重くなるでしょ?」
「うん。頭痛が凄いね……」
「0になると気絶するからね。今くらいの感覚を覚えておきなさい」
戦闘中はわざわざギルドカードを見る時間なんてない。だから体感で覚えておくことが大切なんだとか。
ズンズンと痛むこめかみを押さえていたら、全身が淡い光で包まれた。
ふわりと軽くなる頭。
俺の肩に座っているジーノがきゅきゅと鳴きながら右手を動かしていた。
「え……これ、お前が!?」
「きゅきゅ!」
回復魔法はフェアリー系の魔獣がよく使うらしい。
ただ、MPの回復はかなり珍しいらしい。
「それにしても、変な鳴き声ね」
「きゅっ! きゅきゅー!」
ジーノがピョーンと飛んでリディアの胸元に潜り込み……というか飛び込んだ。
なんてことをするんだ。
ちょっと胸元がはだけちゃってる。目のやり場がないっ!
「こいつ、またっ! 絶対にオスでしょ!」
「あ……うん。性別不明だけど……あの、なんか、ごめんなさい」
ジーノはまた投げ捨てられて、グリグリと踏みつけられていた。
俺はなんだか顔が熱いなーと視線をそらしつつ謝った。
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