第9話:寄り道した結果。

 



 ダンジョン・フィフティタワーの六階層から難なく下り終えて一階層に戻ると、ギルド職員さんたちが驚いた顔をしていた。

 入るときに突っ掛かって来ていたトーマスさんが、物凄い形相でこちらに走ってくる。


「リディアさまっ! もう出てこられたのですか!? どこかお怪我でも? まさかこのガキのせいで!?」

「いや、無事だ。六階層まで行き、ある程度の手応えがあったのでな」

「この短時間で六階層まで!?」


 皆さんの反応を見るに、やはり異例な事態のようだった。

 下りながらリディアが「きっと皆驚くわよ」と苦笑いしていた意味が分かった。


「嘘――――」

「――――ではないと、この魔石らで理解してくれると助かるが?」

「おわっ」

「……なっ!?」


 リディアが俺が背負っているバックパックをグイッと引っ張り、トーマスさんに見せているようだった。

 俺は驚きつつ背中を反らせてプルプルしているだけだったけれど。


「「凄い!」」


 他の職員さんたちからは、歓声のような騒ぎ声が上がっていた。


 


 馬車に揺られ都市に戻り、冒険者ギルドで魔石や素材を換金してもらった。


「……こ、んなに?」


 今日一日だけで、父さんが稼いでくる一月の給料をゆうに越していた。

 この調子でいけば、数回でリディアに借りている分を貯められる。

 リディアには気にしなくていいと言われていたけれど、金額が大きすぎるし、何より対等でいたいと思うから、そういうことはきちんとしておきたい。


「ふふっ、言ったじゃない? 余裕で稼げるわよって。まぁ、かなり異例中の異例だけどね」


 普通はここまで稼げるようになるまでの道のりが険しいんだけどね、とリディアが苦笑いしていた。

 それもこれも、ムスタファのおかげなんだなぁ、と感謝の意を込めて頭を撫で撫で。


「今日は母さんに頼んでご馳走にしてもらおうな?」


 ムスタファは、キュッと目を閉じて俺の手に額をグリグリと擦り付けていた。

 ゴロゴロゴロゴロ。

 ご機嫌に喉を鳴らしている。

 こういうところ、やっぱり可愛い!




 リディアと別れて帰宅途中、なぜかムスタファが寄り道したがったので、軽く遠回りしていた。

 近所にある林道に差し掛かった時、ムスタファがテテテと小走りし、草むらにズボッと顔を突っ込んだ。


「グワッ? キュゥゥン……」


 ムスタファが軽く唸ったあとプヒュプヒュと鼻を鳴らしているので、不思議に思い草むらを覗いた。


「なにしてる………………へ?」


 ムスタファが鼻でツンツン――わりかしドスドス――と突付いていたのは、二十センチあるかどうかの俯せの仔熊(?)

 茶色いモコモコの熊……ぬいぐるみかな?


「グガウ!」


 パッと顔を上げたムスタファの口からはダラダラとヨダレが垂れていた。

 慌ててぬいぐるみを取り上げて、ムスタファを叱ろうとしたところでハッと気付いた。


「ぬいぐるみなんて食べたら…………温かい? え? 生きてる!?」

「グガァァ!」

「うわっ、わわわわ!」


 仔熊(?)が腕の中でジタバタと暴れ出した。

 物凄く人間臭い動きで。

 そして、俺の腕にどっこいしょとでも言いそうな感じで座った。これまた、人間のような座り方で。


「あれ、よく見ると、なんか……すごく汚れてるね」


 無意識に仔熊(?)の乱れていた毛並みをそっと撫でて整えていたら、ムスタファが二の腕に頭突きをしてきて、視界がブルンブルン揺れた。


「ガウッ!」


 何やら『だから、食べていいよね?』といった雰囲気で未だにヨダレをダラダラ。


「駄目だってば!」

「クキュゥ?」

「だーめっ」


 まるで小さい子が『えー?』とでも言うような小首を傾げる仕草に、ちょっとキュンとしてしまったけど、流石に可愛らしい仔熊(?)を食べるのは何だか後ろめたい気持ちがある。

 そもそも、ムスタファはあまり生肉とか生け捕りとか好きではなさそうなのに、この仔熊(?)に興味を示すのはなんでなんだろう?


「くぅぅぅん……」

「きゅきゅきゅっ!」

「わぁ、鳴いたぁ」


 仔熊(?)の可愛らしい鳴き声に自然と顔が緩んでしまう。

 未だに何の生物なのかよく分かってないけれど、たぶん安全なんだと思う。

 ムスタファが敵意むき出しにはなってないし。

 ただ、グルグルグル言いながら俺にずっと頭突きしてきているけど。


「お前はどこから来たんだい? 巣とか……」


 きょろりと辺りを見回すけれど、それらしきものはなさそう。親のような熊も見つからない。

 どうしようかと悩んでいたら、仔熊(?)が俺の腕の中で仁王立ちになり、二の腕にキュッと抱きついてきた。

 なにこれ!? すっっごく可愛い!

 

「お…………お前も、従魔に……なる?」


 言葉が伝わるはずがないのに、ついつい話しかけてしまった。

 あまりにも人間臭い動きをするせいなのか、どう見ても動物の熊というよりは、ぬいぐるみの『くまさん』って見た目のせいなのか。

 俺何を普通に話かけてんだろ……と軽く我に返っていたら、仔熊(?)が仁王立ちでコクコクと頷いた。


「え、伝わったの?」


 恐る恐る魔力を細く伸ばし、首に巻きつけようとしたら、ひょいと避けられて、魔力は足首にシュルルと巻き付いてしまった。


「あえ?」

「きゅ!」


 ムスタファの時と同じで、なぜかテイムできていた。

 あのイライラするプリントに書いてあったからそうしてたけど、もしかして首じゃなくてもいいんだろうか?


「ま、いいか……」

「きゅ!」




 家に帰り、母さんに仔熊(?)を見せるとキャーキャーと喜んで抱きしめていた。


「きゅきゅきゅ!」

「やだ、鳴いたわよ! かーわーいーいー! 名前は!? 名前!」

「うーん。どうしよ――――ウグッ」


 なぜか、ずっとムスタファが俺に頭突きをしてくる。


「結構痛いんだから止めなさいっ!」

「グガァゥゥ……」

「ひっ!」


 父さんは相変わらず、イスの上で縮こまっているけれど無視で大丈夫だと思う。


 ションボリとしたムスタファは、ソフトタッチで頭突きを繰り返して来るようになった。

 可愛いから撫でておくけど、なんだろこの頭突きは。


「えーっと……ギルドカード、ギルドカード」

「クリストフちゃん、確認遅くない?」

「ムスタファがずっと頭突きしてくるから、そんな暇なかったんだよ……」

「うふふ、きっとジェラシーよ」

「グガァウ!」

「ひっ!」


 にやにや母さん、縮こまる父さん、頭突きを繰り返すムスタファの全部を無視してギルドカードを見つめて、ちょっとびっくり。




【クリストフ・マイスナー(16)】

 ランク: F

 L v:69

 H P:31

 M P:42

 攻撃力:18

 防御力:36

 ジョブ:S級ビースト・テイマーLv.10

 従 魔:S級 ダークネスレオパルド オス ムスタファ

     S級 フェアリー・ベアー 性別不明 名無し

 



 なぜかレベルが上がっていた。ステータスもちょっと。

 そして、仔熊(?)は、フェアリー・ベアー…………。


「…………S級」

「ひっ!」

「あらー? 妖精さんだったのぉ? お名前は何がいいかしらねぇ?」


 母さんが軽い。

 あと、父さんは何に怯えたんだろ?


 とりあえず俺も仔熊(?)も薄汚れていたのでお風呂に入りつつ名前を考えた。


「んー………………ジーノ?」


 なんとなく頭に浮かんだ名前を呼ぶと、仔熊(?)がきゅきゅっと可愛らしく鳴きながら頷いたのでジーノに決定した。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




▶▷ステータス推移◁◀


【クリストフ・マイスナー(16)】

 ランク: F

 L v:69(↑1)

 H P:31(↑1)

 M P:42

 攻撃力:18(↑1)

 防御力:36

 ジョブ:S級ビースト・テイマーLv.10

 従 魔:S級 ダークネスレオパルド オス ムスタファ

     S級 フェアリー・ベアー 性別不明 ジーノ



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