第8話:リディアの実力は?
六階層に到着して直ぐだった。
リディアさんが、次の魔獣が来たら自分に戦わせてほしい、とムスタファにお願いした。
「でも、無理そうだったら、助けてね?」
「グアウ!」
ムスタファが尻尾を下の方で大きくゆっくりと左右に揺らしていた。
なんとなく覚えたが、これは嬉しかったり、ワクワクとしているときの動き。
本当に可愛いやつだ。可愛いって言ったら怒られるけど。
六階は今までの階よりも少し草が多いかな? という程度で洞窟の雰囲気はそのままだった。
少し散策して出てきたのは人喰い馬というBランクの魔獣だった。
見た目は白く美しい普通の馬だけど、近づくと肉食獣のような歯を剥き出しにして、ダラダラと涎を垂らしながらこちらに向かって来た。
リディアさんは、強さはそこまでないと言うが、正直あの口と涎は怖い。
見た目は穏やかそうな馬なのに、というギャップのせいで余計にそう感じる。
「行くわ」
リディアさんがタタと軽やかに走って、人喰い馬に近付いて行った。
細い剣を素早く動かし、人喰い馬にどんどんと傷を付けていく。彼女の動きは俺の目では追えないが、細かな血飛沫だけは見えた。
純粋に凄いという感動と、自分もああいう風に戦いたいという羨ましさ、今の自分では絶対に戦えないという少しの悔しさが綯い交ぜになった。
人喰い馬の白い躰が半分近く血で染まったころ、ドフリと重たい音をたてて倒れた。
「チッ。臭いで集まったわね……」
リディアさんのその言葉で、ぞろぞろと集まってきている人喰い馬たちにやっと気が付いた。
人喰い馬が六頭も集まってきていたのに、俺はリディアさんばかりを見ていて、全く気づいてなかった。
この戦いの間で、自分に足りないものがいろいろと見えてきた。
まず、周囲の状況の確認。
フィールドの把握や、敵が近づいて来ていないかの察知だ。
何より、今のステータスでは、ここのダンジョンでは俺は戦えないということ。
俺は戦っても死ぬだけだ。
「さぁ、ここからが本番よ」
流石にムスタファに援護してもらった方が……と思ったけど、リディアさんに大丈夫だと言われてしまった。
ムスタファをちらりと見ると、俺の横にちょこんと座り――いや、大きいんだけれど、座り方はちょこんとなんだよね。変だけど――リディアさんの戦いをジッと見ているだけだった。
リディアさんは基本は剣で、時には剣に魔法を纏わせながら、危なげなく戦い、人喰い馬を全部で五頭も倒した。
二頭は逃げてしまった。
「ふぅ……」
「凄い、凄いです!」
「あは、ありがとう。さ、魔石を探すわよ」
「はい!」
リディアさんに飲み物を渡して、軽く休憩を促した。俺はその間に魔石探し。
五頭いた中で魔石を持っていたのは二頭だけだった。
この魔石のありなしは、その魔獣に魔力があるかかどうからしい。
「でも、魔法は使って来ませんでしたね」
「魔力を持っていても、使えない個体もいるのよ」
「へぇ! 不思議ですね」
魔石探しに使ったショートソードの手入れをしつつ、魔法について聞いてみた。
俺の魔力では派手な魔法はほぼ無理だが、『いつか』の為に知っておくことも大切だと思ったから。
各属性魔法には詠唱があり、正式な詠唱や簡易詠唱である、短縮や完全省略など、様々な種類があるそうだ。
例えば、初級の炎魔法の場合、基本は『炎よ、集え、灯れ。ファイア』。これで指先にボッと拳大の火の玉のようなものが現れる。
それを短縮すると、『灯れ。ファイア』。これは、細めの松明程度の揺らめく炎が指先に灯る。
完全省略すると、ただ『ファイア』と言うだけ。これは、指先にポッと蝋燭のような灯火が灯るだけ。
簡易詠唱だと威力が下がるものの、魔力の消費が抑えられる。
色々と試してみたかったけれど、魔力の消費量と威力は人によりけりなので、今ここでやるのはおすすめできないと言われた。
理由は魔力が切れると、目眩や頭痛が起こると言われて納得した。
「魔力切れ自体で死ぬことはないけれど、ダンジョン内で起こすと、集中力が低下して魔獣に襲われたときに、正常に対応できないかもしれない。命を落とす要因のひとつではあるのよ」
手練れの冒険者にも起こりうることらしい。
「そうね……ここフィフティタワーに入るのは二日に一回にしましょう」
「え?」
リディアさんの言うことがよく分からなかった。
毎日でも、何日でも入りたいって言ってたのに。
「君の冒険者としての知識や経験を積む日と、ダンジョンに潜る日を交互でやるわよ」
「でも、リディアさんの――――」
「リディアでいいわよ」
くすりと笑われた。少し頬が熱い気がする。
俺は知らなかったけれど、普通は五階層まで攻略するのに二日から三日掛かると言われているそうだ。
ダンジョンに入ってまだ六時間。普通では考えられない驚異的な攻略スピードだった。
確かに元々は中で何泊かするかもしれないと言われて、準備はしていた。
「ここまで来たことと、魔石や採取したアイテムの量を考えると、日帰りでもいいほどよ」
確かに、大きめのバックパックがパンパンになってしまっている。
魔獣は魔石だけではなく、牙を採取したり、毒を採取したりなどもある。
今回はしていないが、希少な鉱石なども採取できるらしい。
荷物が増える問題もあるので、リディアさんに指示をもらい、希少な素材のみを優先的に採取するようにしてはいたのにだ。
そして、これらで得た金銭は、半分に分けることにしている。
「でも、俺何もしてないです」
「何言ってるのよ。君はビーストテイマーなのよ? ムスタファと信頼関係を築き、一緒に戦ってくれるこれほど強い子を従えている。なにもしてなくはないわ。胸を張りなさい。ムスタファを誇りなさいよ」
「っ、はいっ!」
俺の考えは、ムスタファの頑張りや、信頼関係を無視するようなことだった。
「ごめんね、ムスタファ。お前は偉くてカッコイイね」
「グルゥゥゥ? グラゥ!」
コテンと首を傾げて俺の方をじっと見つめてくる姿は、やっぱり可愛いかった。
だけど、頭突きは結構な衝撃だからやめてほしい。
ゴホゴホと咳をしていると、リディアさんがくすくすと笑った。
「それに、ギブアンドテイクなのよ。君は私にビーストテイマーの力を、私は君に知識を。ね?」
「はい、よろしくお願いしますっ!」
リディアさん……リディアに差し出された手をガッシリと握ったら、そこにムスタファが顎を乗せてきた。
「「ぷっ!」」
あははと笑いながら二人でムスタファを撫でる。
ムスタファは満更でもなさそうに、尻尾をゆらゆらとさせていた。
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