第7話:上級者向けダンジョンで。

 



 上級者向けのダンジョンは、五十階層の塔型になっている。

 なのでダンジョン名は『フィフティタワー』、そのまんまだ。

 一階層はただの入り口と審査口になっているらしい。


「ギルド職員が、ダンジョンに挑戦できるか審査するために、ステータスを確認する」


 中級ダンジョンまでは個人判断で入ってもいいらしい。

 だけど、上級者向けだけはレベルが違いすぎて、無謀な挑戦者など一瞬で死んでしまう。そのため、ギルド職員を五名配備し審査もしているそうだ。


「ギルド長!?」


 ダンジョン挑戦の審査をしていた一人で、ギルド職員である紺色の制服を着た青年が、リディアさんを見て焦ったように駆け寄って来た。

 

「トーマス、今日からギルド長はゼストだ。私のことはリディアでいい」

「リ、リディアさま……あ、その、本当にここに挑戦されるのですか?」

「えぇ、彼の協力なくしては叶わなかった。やっと……やっとだ」

「っ!」

 

 なぜか職員のトーマスさんに睨まれている気がする。

 どうやらリディアさんの両親に関するお話は、他の職員さんたちも知るところらしく、俺を睨んでいるトーマスさん以外は、おめでとうやよろしくなど声を掛けてきていた。


 トーマスさんは、他にパーティーメンバーはいないのか、なんでこんなに急に無謀なことをするのかなど、リディアさんに詰め寄っていたけれど、彼女は「大丈夫、問題ない」と特に相手にすることなく、サクッと審査ゲートを通り過ぎていく。

 俺もそれに続こうとしたけれど、トーマスさんに二の腕をガシッと掴まれてしまった。


「待てよ!」

「痛っ……」

「は? これくらいで痛いとか――――」

「グルルルル……」

「あっこら、ムスタファ!」


 俺が痛がってしまったせいで、ムスタファが牙を剥いてしまった。


「っ!? その魔獣……お前、ギルドカードを出せ。ステータスを全て見せろ」


 ステータスの強制全開示を命令された。

 リディアさんは自分がいれば大丈夫だと言っていた。

 もしギルドカードを見せるように言われた場合は、『名前・ランク・職業』の所だけでいいと言われていたのに。

 仕方ないので、全ステータスの開示をしようと、ギルドカードに魔力を流そうとしていたら、リディアさんにしなくていいと止められた。


「私が全責任を持つ。彼は大丈夫だ」


 トーマスさんは到底納得できていない顔をしていたものの、リディアさんのゴリ押しでどうにかダンジョンに入れる事になった。




 岩石で出来た階段を上り二階層へきた。

 中級ダンジョンよりもさらに広く、天井は恐ろしいほど高い。二階建ての家が縦に二つ、余裕で入りそうなくらいだ。

 天井と床を繋ぐ柱は巨木よりも太く、頑丈そうだ。

 少し薄暗くて、天井から何かが襲ってきても気付けないかもしれないなんて思った。

 が、何もいない。


「「……」」


 どれだけ探しても、やっぱり魔獣がいない。


「なるほど。こういうことなのね」

「……はい。すみません」

「グラゥ?」


 ムスタファは我関せずで、座って後ろ足でゲシゲシと自分の首を掻いていた。

 とりあえず、魔獣が出てくるところまではガンガンに進んでみることになった。

 三階も四階も何もいない。

 ここは本当にダンジョンなのかしら……なんてリディアさんがつぶやきながら五階層に向かう階段を上り始めた。


 五階層まで進むと、姿を見せる魔獣がポツポツと出だした。が、襲っては来ない。

 柱の陰や、天井近くに何かしらはいるのに、ムスタファが尻尾をヒュンヒュンと振ると、サッと消えてしまうのだ。

 この階も駄目かなぁと溜め息を吐いた時だった。


「ヒュージ・サーペント! 来るわよ、気を――――」

「え? ぅわ……」


 見上げるほどの巨大な蛇――サーペントが「キャシャァァァァ」と警戒音を出しながら口を大きく開けてこちらに突進してきた。

 リディアさんが細身の剣を抜いた瞬間、黒い塊が俺たちの横をシュッと通り過ぎた。


 ゆっくりと倒れるヒュージ・サーペント。

 その横にはドヤ顔をしているようなムスタファ。


「グルァゥ!」

「お……おん。いい子だね。よしよし」


 ムスタファの頭を撫でて褒めると、金色の瞳を細め、頭を少し上むきにして喜んでいた。


「ヒュージ・サーペントを一撃、なのね……」


 その後も俺たちを襲ってくる魔獣をバンバンと簡単に倒していくムスタファ。

 でも、こちらを襲ってこない魔獣は特に気にすることなく、首を傾げつつジッと見て、俺に頭突きをしてくるだけだった。とりあえず撫でておく。


「グラゥゥ?」

「よしよし。ムスタファはカッコイイなぁ」

「グルゥ!」


 俺もリディアさんもムスタファの強さを測れずにいた。

 なぜなら、全て簡単そうに倒すから。

 倒した魔獣をリディアさんに教わりながら魔石を取り出している時だった。


「その……守秘義務に関わるけれど…………ムスタファのステータスを見せてくれないかしら?」

「え、魔獣のステータスも見れるんですか?」

「え……あ、そうだったわね。君、一昨日登録したばかりだったわね」


 ムスタファに伝えてステータスを見ることを伝える。

 俺は主人だし、俺のギルドカードに記載されていそうだから、許可は取る必要もないけれど。なんとなく、勝手に見るのは憚られた。

 ギルドカードにあるムスタファの名前を押すと、カード面の表示が変わった。 


「おお! …………おぉぉ?」




【ムスタファ(生後6ヶ月)】

 ランク:   S

 L v:   5

 H P:2800

 M P:4500

 攻撃力:7900

 防御力:6300

 種 族:ダークネス・レオパルド

 ジョブ:クリストフの従魔

 スキル:暗闇の覇者




 シン……となった。ダンジョン内で無音。


「…………なんなの、これ」


 リディアさんが絶句し、スッと自分のギルドカードを見て、ムスタファのステータスをもう一度見ていた。


「私ね、普通に強い方と思っていたのよ。A−だけど、たぶん普通に戦えるって。パーティー組めば……S級にだってって。こんなの……桁が違いすぎるわ」


 リディアさんが、よくよく考えればわかることだったのよねと呟いた。

 数十年に一度あるかないかのS級の龍種が飛来した際の『緊急事態発令』というものがある。

 国内外に散らばるS級冒険者たちに招集をかけ、転移魔法の封じられている魔導具の使用許可が各都市のギルド長に与えられている。


「ダークネス・レオパルドも、同じなのね。しかも、まだレベル5よ?」

「生後半年なんだね…………ってムスタファ、ミルクとかいらないの?」

「グアゥ?」


 ムスタファがきょとんとした顔で首を傾げた。

 この感じはいらなさそう。そういえば、普通に料理したご飯食べてたし、水も飲んでたや。


「っ、あははは! 君が気にするとこはソコなのね!」


 リディアさんが少女のような顔をして、お腹を抱えて笑い出した。すごく幼く見えて……可愛い。

 女の人って表情豊かだなぁ。俺、あんまり女の子の友達いなかったから、免疫ないんだろうなぁ。すぐにドキドキしてしまう。

 勘違いしないようにしないと!


「あはは。ダンジョンでこんなに気を抜いたの、初めてだわ」


 なんだか楽しそうに笑いながら、リディアさんがダンジョン内をガンガンと歩きだしてしまった。


「ちょっ、待ってくださいよ」


 慌てて追いかけるのに、リディアさんはクスクスと笑ったまま止まってはくれなかった。



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