第6話:見合う装備。
「ところで、君はその格好でダンジョンに行ったの?」
「え? はい」
ゼストさんがギルド長交代の申請書類を渋々と書いているとのを見守っていたら、怪訝な顔をしたリディアさんにそう聞かれた。
灰色のTシャツとカーキ色の作業ジャケット、それと同じ色のズボン。汚れてもいいものを選んで着てきたけど、変だったんだろうか。
「そんな格好で上級者向けのダンジョンに行く、とか言わないわよね?」
「え……え? だめですかね?」
「だめに決まってるじゃないの! ついてきなさい!」
リディアさんに手首を掴まれ、立ち上がるように言われた。
「お、おい! オレは――――」
「ゼストは書類を全部書いておいて。それから、鳥で冒険者ギルド総本部に届けなさいよ!」
「横暴な女――――」
「何か、言った?」
「……なんでもありません」
ギロリと音が出そうなほどに睨みつけたリディアさんを見て、ゼストさんが背筋を伸ばしピシッとした格好になった。
頼りになると思っていたゼストさんが、ちょっと弱々しく見えてしまった。
でも、よくよく考えると、出会ったときのゼストさんって、酷かった。くたびれて薄汚れたおじさん感がなんともいえなかった。
……けっこう謎な人だなぁ。
リディアさんにグイグイと手を引かれ、装備品を買いに行くことになった。
この都市には何ヶ所か商店街や装備市がある。
その中でも上級者向けの物を扱う店が多いという商店街に来た。
「うわっ……凄い大剣」
「あぁ、あのタイプは脳筋に人気なのよね」
「あんなに細い剣もあるんですね」
「刺したり、剣を通して魔法を流したりするのに特化しているわ」
街中を二人で歩いて、色々なお店を覗いては、俺が使えそうな武器を探した。が、どれも値段の桁が違いすぎる。
そもそも、俺の手持ちなんて一回分の食事代くらいしかない。
だからここで見繕っておいて、両親に借金するか、収入を得てから買い揃えようと思っていた。
「私が頼んだことだもの、私が払うのは当たり前よ」
「でも――――」
「それに、この都市のギルド長をやっていたのよ? これくらいの出費なんて打撃にもならないわよ!」
リディアさんが、そう言ってプイッとそっぽを向いてしまった。
普通、こういうところでは男が言うセリフなんじゃないのかな? 俺、すごくヘタレ感が出てない?
少し悔しく感じてしまう、ちょっとめんどうな男心だ。
あれ? リディアさん、頬が少し赤らんでいるのは気のせいかな?
「あ、これいいんじゃない?」
リディアさんが手に取ったのは、斑な刃紋が美しいショートソード。
様々な角度で刃紋の見える色が変わるという不思議なもので、斬れ味も相当なものらしい。
「待って下さい! 値段見ました!?」
「大丈夫大丈夫。ダンジョンに潜るんだもの。このくらい揃えておかないと」
そんな感じで、防御力の高い服、胸あてや腿あてまでもを買い揃えてもらってしまった。
総額を見て、目が飛び出た。
父さんの給料でいうと、一年半分くらいの金額だった。
それを、女の子に奢られるという、なんとも情けない気分をどうにかしたくて、ウンウンと考た。
ダンジョンでリディアさんを護るのはもちろん、しっかりと収入を得てコツコツと返そうと決意した。
小さな男心と意地だけど。今の俺にはそれくらいしか出来ない。
「よし。じゃあ、明日の朝七時にギルド前に集合ね」
「え……明日!?」
「当たり前じゃない。善は急げよ!」
「は、はいっ」
るんるんとたぶん家へ帰って行く、パンツスーツ姿の可憐で強引な少女――リディアさんの後ろ姿を見送った。
家に帰り、今日の話を母さんにすると、きゃぁきゃぁと騒いでいた。
「ねっ、ねっ! ムスタファちゃん、恋の予感がしない!?」
「グァウ? グァァ……」
ムスタファはご飯をムッシャムシャと食べていたが、顔をパッと上げて少し考える動作をした。
そして、またムッシャムシャに戻った。
「もぉ。ムスタファちゃんも男の子だから恋バナに花が咲かせられないわ!」
「ママ、ヒョウに言葉が通じてるのかい?」
父さんは相変わらず、イスの上に足を上げて縮こまっている。
まだムスタファには慣れないらしい。
俺も食事を終わらせ、皿洗いの手伝いをしてから風呂に入った。
「明日は朝早いからな。部屋に戻ったら、直ぐに寝ようね?」
「グアウ!」
風呂場の中に顔を突っこんだムスタファが元気に返事してきた。
外で待っていてとお願いしても、なぜかドアを前足で押し開けて中に入ろうとする。
まぁ、デカすぎて顔だけ入れて諦めてくれたけど。
朝はどうにか六時には起きれた。
ムスタファと、ムスタファをけしかけた母さんのおかげで。
「おはよー朝ごはんとお弁当用意してるわよ」
「ん……ありがとう」
しっかりとご飯を食べて、昨日買い揃えてもらった装備を着ける。
「あれ? これでいいのかな? ま、大丈夫かな?」
「もう、何してるの? 遅刻するわよー!」
「はーい。行ってきます!」
「グワウ!」
俺とムスタファのお弁当を持ち、父さんと母さんに手を振りつつギルドに向かった。
ギルド前に到着すると、ギルドからリディアさんが出てきた。
「おはよう! ちゃんと来たわね」
「はいっ」
颯爽と現れたリディアさんは、身体のラインが結構出ている軽装のプレートメイルで、神話にでも出てきそうな戦乙女のような美しさがあった。が、リディアさんの眉間にはシワが寄っていた。
「ちょっと見せなさい」
どうやら、装備の着け方が間違ったらしい。全身隈なくチェックさることになった。
「ここ、装着の仕方が違うわ。こうやって留めるのよ」
「あ、えっ? はいっ!」
腿当ての後ろのベルトをキュッと締め直され、胸当ての着け方も直された。まるで抱きつくようにして。
近いっ。近すぎる。
今からダンジョンに入らないとなのにっ! 気が変な方向に行きそうで、自分の両頬を叩いて気合を入れ直した。
「まだ出会ってもない魔獣たちに緊張するのは、まだ早いわよ? 君、可愛いわねぇ」
「かっ、かわいい!?」
「あははは。行くわよ!」
「え、あ、はいっ!」
緊張とは違ったけど、なんだか後ろめたかったのでそういうことにした。
サクサクと歩いて行く戦乙女なリディアさんの後ろ姿を急いで追いかけた。
ダンジョンには、リディアさんのレンタルした馬車で出発することになった。
昨日のような変な絡まれ方をしないためらしい。
馬車代も返済リストに書き足しておいた。
「……本当に何も出ないわね」
「聞いてはいましたが、本当にこんなことってあるんですね」
「はい。なんか…………すみません」
ダンジョンに向かう二時間もの道のりで、やっぱりというべきか、生き物が一匹たりとも出てこなかった。魔獣も、野生動物も、虫さえも。
そして、そのまま目的地であるダンジョンに到着した。
御者さんはとても喜んでいた。
リディアさんは、分かってはいたけれど理解が出来ない、といった感じだった。
ダンジョンの近くには必ずセーフゾーンが存在している。魔獣が絶対に寄ってこないという聖なる場所だ。
そこには大きなクリスタルが埋められていたり、魔獣が忌避する植物が群生したりしている場所だ。
そのセーフゾーンに馬車を停め、御者さんにはそこで待っていてもらう。
「じゃあ、よろしくね」
「はい」
セーフゾーンを出てゆっくり歩いて五分、上級者向けの塔型ダンジョンの前に到着した。
「ここが上級者向けのダンジョン…………」
「ここに父さんが…………」
二人でダンジョンを見上げながら、ゴクリと生唾を飲んだ。
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