第5話:ギルド長って……!?

 



 中級者向けダンジョンから俺たちの住む都市に戻ってすぐ、ムスタファとゼストさんと共に、冒険者ギルドに向かった。

 既に夕方だったけれど、それでも今日中にギルド長に面会するぞと言われた。


「よ、久しぶりだな。ギルド長はいるな?」

「ゼストさん、お久しぶりです。リディア様でしたら、ギルド長室にいらっしゃいますよ」


 ゼストさんが受付のおねえさんに右手を上げて挨拶すると、魔獣は気にするなと言いながら許可も得ずに二階に上がり始めた。

 おねえさんが「え……ひぃぃっ!」と叫んでいて、大変申し訳なかった。

 勝手に上がって大丈夫なんですかと確認すると、平気平気と軽く返事をされてしまった。


「あ! もしかして、ギルド長とお知り合いなんですか!?」

「ん? そりゃこんな年なんだ、面識くらい普通にあるだろよ」


 普通なのかな? と首をひねっている間に、ゼストさんはさらにギルド内をガンガンに進んでいく。

 三階の奥まった場所に、ギルド長室はあった。

 ゼストさんがドアを軽く叩き、「入るぞ」と言いながらドアを無遠慮に開けた。


 広い室内の窓際にぽつんとある重厚な執務机。

 そこに座っていたのは、艷やかなシルバーブロンドのサイドを編み込んでシニヨンに纏め、くりっとした深い緑色の瞳を持った女の子だった。

 俺とあまり変わらなさそうな年齢。


 タイトな紺色のパンツスーツスタイル。

 清楚で、可憐で、か弱そう――――に、見えたんだけどなぁ?


「ゼスト!」

「うぉっ!?」


 シュンッ。

 そんな風切り音が聞こえそうなスピードで、彼女は部屋に入ったばかりのゼストさんの目の前まで移動し、両手でガッツリと胸ぐらを掴んだ。

 少女がおじさんの胸ぐらを掴む。……意味が分からない。


「やっと、交代する気になってくれた?」

「いや、用件はそれじゃねぇ」

「ギルド長になるって言わないと、用件を聞かないわよ」

「横暴すぎっだろ!」


 本当に。

 それは流石に横暴……っていうか、え? この子がギルド長!? 

 そんな俺の驚きをよそに、女の子とゼストさんは何やら言い合いを続けていた。

 その横をそっと通り抜けてギルド長室にお邪魔した。

 だって、後ろからムスタファがグイグイと押してくるから。


「グルァァァァゥ」


 廊下はムスタファにとって結構狭かったから、身動きもそんなに取れなかったようだし、待ち長くて飽きたんだと思う。

 ムスタファがギルド長室に入った瞬間、前足をグググッと伸ばしてお尻を高ーく上げ伸びをしたあと、大きな欠伸をした。そして床に伏せると、クルリと丸まって眠り始めてしまった。


「…………なに、ソレ……」

「あー、それも含めて、ちょっと話を聞け」


 一先ず座って話すぞ、とゼストさんにソファを指された。




 俺の状況と先程の事件を、ゼストさんがかい摘んで説明してくれた。

 なぜかテイム出来たムスタファを、ギルド長だという女の子に紹介する。


「S級の、魔獣…………初めて見たわ」

「あぁ、俺もだよ」

「状況が状況なだけに、クリストフくんのランクは、まだそのままが良さそうね。折を見てA級にしましょう」

「ん。それがいいだろうな」


 何やら、裏の聞いてはいけない話を聞いてしまっているような気がする。


「――――それで、C級のパーティーが襲ってきて撃退した、と」

「……あぁ」


 女の子が大きな溜め息を吐きながら、何かの書類を書き始めた。

 

「規約に則り、チーム・カスクードの全員を2ランクダウン、一年間のランク更新申請禁止にするわ」

「ってことは……Eか。まぁ、妥当だな」


 正直なところ、かなり厳しいなと思った。


「人の命は、それだけ重いのよ」

「……はい」


 本人たちへの通達は本日中にするとのことだった。

 バチリとギルド長さんと目があった瞬間、ニッコリと微笑まれた。

 可愛い女の子に笑いかけられたのに、なぜか背中がゾワゾワした。


「そういえば、ちゃんとした挨拶がまだだったわね」

「は……い」


 彼女は、リディア・コルレアーニと名乗った。

 弱冠十九歳でギルド長を務めているらしい。


「私は剣士として冒険者をしていたのだけど、ギルド長をせざるを得ない状況になってね」


 リディアさんのお父さんが元々はギルド長をやっていたらしいのだけれど、そのお父さんが長期でダンジョンを攻略することになり、ギルド長代理をすることになったらしい。

 

「父は……A級だけど、ソロで上級者向けダンジョンなんて無謀なのよ……」


 リディアさんは上級者向けダンジョンに行き、お父さんを探したいのだそう。

 そもそもなんで、お父さんはギルド長を娘に任せてまでダンジョン攻略に踏み切ったのだろうと思っていたら、リディアさんのお母さんに理由があるらしい。


「私が十二歳の時に、母がダンジョンからなかなか戻らない日が続いたの。それから暫くして、母の死がわかったのだけど、なぜ死んだのかは、父がずっと教えてくれなかったのよ」


 それが去年になり、急にリディアさんのお父さんが上級者向けのダンジョン攻略をする、お母さんの敵を取る、と言い出したそうだ。

 しかし、依然詳細は教えてもらえずだった。

 そのお父さんは、今までは数週間に一度は戻ってきていたのに、この三ヶ月はダンジョンから戻らないという。


「中で食料は調達出来なくはないけど……無茶すぎるの…………」

「で、探しに行きたいから、ギルド長をやれと?」

「…………ええ」

「お前の実力なら、どこかのパーティーに入れば無理じゃないが。アテはあるのか?」


 ゼストさんが頭を抱えつつ、リディアさんに聞いていた。

 俺が聞いていい話なんだろうかとソワソワした。


「アテは、彼よ」


 リディアさんがこっちを指差すので後ろを振り向いたけど、誰もいなかった。


「は?」

「え……俺ですか?」


 リディアさんが真剣な顔でコクリとうなずいた。

 俺が聞いていないといけない話だったらしい。


「中級ダンジョンでも雑魚が出てこないのなら、上級でもきっとその現象が起こるわ」


 そう言われると確かにそんな気がする。


「君は魔獣と戦って鍛えたい。私は手早く上層階に向い、父を探したい。そして、できれば母の死の真相も知りたい。だから協力して欲しいのよ」


 お願い、と登録したばかりの俺に、たぶん経験も豊富でギルド長という仕事までしているような人が頭を下げてくる。

 何よりも、困っている女の人がいて、手助けを求められている。

 でも、直ぐには頷けなかった。


「不安なのはわかるわ。二人で上級者向けダンジョンの浅いところで感触を試してみるのはどうかしら?」


 たぶん、上級者向けに行かないと、ムスタファが戦える相手がいない。それに俺もちゃんと鍛えたい。


 だが、不安要素は色々とある。

 それは、もし何かあったとき、俺自身は弱いのに彼女を護れるのだろうかということ。

 ムスタファは彼女を優先して護ってくれるのだろうか、という心配も。


「っ…………ありがと」


 なぜか頬を赤くしてお礼を言われた。


「君になら見せてもいいわ」


 リディアさんがギルドカードのステータス面を差し出して来た。




【リディア・コルレアーニ】

 ランク: A−

 L v: 28

 H P:194 補正値+50

 M P: 35

 攻撃力:209 +70

 防御力:122 +50

 ジョブ:剣士

 スキル:剣神の乙女




 スキル、という文字を初めて見た。

 存在しているのは知っている。でもそれは非常に稀であるという話だった。

 スキルによっては補正効果でプラスやマイナスが発生し、『〇〇の〇〇』という名前になりがちだとか。

 というか、ランクAなんだ? 十九歳で? 凄すぎる。

 リディアさんはAでも下の下でマイナスが付いてるわ、と苦笑いしていたけど。たぶん、かなり凄いことだ。


「リディアの母が『剣神の乙女』のスキルを持っていたんだが、ある日突然リディアにスキルが顕現した」

「母が、ダンジョンに潜っている時にね」

「スキルは家系で受け継がれるものもある」


 それで、お母さんの死が確定したらしい。

 以前にお父さんがお母さんの遺体を取り戻せなかったと呟いたことがあり、たぶん今回のダンジョン攻略もその時の雪辱か何かだろうとのことではあった。


「母に何があったのか、父は何を知っているのか。私は、それらを探りたい」


 ギルド長であるリディアさんが、俺の両手をギリッと握りしめていた。


「私に協力して欲しい。君と……君たちとなら、それが出来るような気がする」


 俺とムスタファに、また頭を下げてくる。

 正直、上級者向けダンジョンなんて行ける気が全くしない。

 だって、俺のステータスは激弱だから。

 でも、女の子が困っているのに、手を差し伸べないなんて言葉は、俺の辞書にはない。

 そんなことしたら、両親から拳骨だ。


「ムスタファ、ダンジョンで危なくなったら、彼女を最優先で護ってくれるかな?」

「グァ? ……グアウゥゥ」


 なんとなくだけど、ムスタファが仕方ないなぁという反応だった。たぶん、大丈夫っぽい。


「クリストフくん、それって……」

「その、はい。協力させてください」

「ありがとうっ!」


 感極まったリディアさんがまたもやシュンッと移動して、俺の真横に来て抱きついてきた。

 びっくりするくらい甘くて柔らかいいい匂いがした。


「……まぁ、反対はしねぇがな。その流れで行くと、俺がギルド長を押し付けられてねぇか?」

「あら、当たり前じゃない」


 当たり前、なんだ?


「父の元パーティーメンバーとして協力してよ」

「チッ……まぁ、仕方ねぇな」

「ありがと」

「軽いな。俺にも抱きつけや!」

「は? 変態なの?」


 リディアさんが綺麗な緑色の瞳を細めて、ゼストさんをギロリと睨んでいた。



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