第4話:原因はムスタファ?
中級者向けダンジョンに入って、辺りを見回す。
見た感じはただの洞窟。初心者向けよりは起伏が激しいかな? という程度。
ダンジョンの壁には篝火が炊かれていて、ずっと消えないらしい。
なぜそうなるのかと気になるのだけれど、ゼストさんに「ダンジョンってのは、そういうもんだ。と思っておかないと、頭が痛くなる」と言われた。
…………そういうもん、らしい。
そして、相変わらずネズミ一匹出てこない。
たぶんムスタファが原因だよなぁと思いつつ、ジーッと見つめていたら、キョトン顔で「クキゥン?」と鳴かれてしまった。
「っ……くそぉ。可愛い!」
「可愛いか? おま、頭大丈夫か?」
ゼストさんに本気で心配されてしまった。
クリクリの瞳で、首を傾げる動作なんて、可愛い以外ないのに伝わらない。なんでだ。
「オレがなんでだって聞きたいわ!」
「えぇ?」
「ったく、ほら、次の階に行くぞ」
「はい!」
深く潜る予定ではなかったけれど、多少強い魔獣じゃないと怯えて出てこない可能性がありそうだってことで、十階層にいるらしいCランクの魔獣の元へ行くことになった。が、やっぱり魔獣はいなかった。
「チッ」
後ろから舌打ちが聞こえたので振り返ると、馬車で同乗していた冒険者パーティーがいた。
五人とも、とても機嫌が悪そうな雰囲気を醸し出していた。
「ザコ魔獣が一匹もいないんだよ。なぁ、あんたら可怪しいと思わないか?」
「え……」
俺たちに問いかけているはずなのに、冒険者パーティーはムスタファだけを見ていた。
スラリと軽い音がし、鞘から抜かれた剣身が洞窟の壁にある篝火でギラリと光った。
剣が俺たちに向けられている。
でも、なぜか怖くはなかった。
たぶん、ムスタファが俺を護るように歩み出ていたから。
「おっさんからは戦闘職の匂いがしない。つまり、この状況はソイツのせいだろ?」
「グルルル」
冒険者パーティーは、前衛三人、後衛二人という戦闘形態を取った。
前の三人は、剣士さん二人と、大盾使いさん。
後ろの二人は、魔道士さんと弓使いさんのよう。
「ただデカいだけの調教された肉食獣なんて、俺たちのパーティーなら瞬殺なんだよ!」
「みんな、強化魔法を掛けたわ! 楽勝よ!」
そんなことを叫びながら、俺たちに飛びかかってくる前衛の三人。
俺はムスタファの首にしがみついて、止めることに必死だった。
なぜなら、驚くほどに殺気みたいなものを出して、牙を剥き唸っていたから。
『あ、この人たち、死ぬ』と本気で思ったんだ。
この人たちを殺したりしたら、ムスタファはどうなるんだろ?
考えたくないような酷い末路しか思いつけなかった。
せっかく仲良く慣れたのに、そんなのってない。絶対に駄目だ。
「だっ、駄目! ダメだって!」
「グガゥルルル」
駄目だと言っているのに、ムスタファは全然聞いてくれない。
戦闘時や興奮時は、ビーストテイマーになりたての俺の言葉には効力がないのかもしれない。
ゼストさんにビーストテイマーのことについて、もっとちゃんと聞いておけばよかった。
相手にするのは、魔獣ばかりだと思い込んでいた。
だって、冒険者規約に『冒険者同士の戦闘は禁止』とかいてあったから。
ムスタファが唸りながら軽く飛び上がる。首にしがみついていた俺も同時に、グワッと空中に持ち上げられた。
そして、ムスタファは冒険者パーティーの目の前に着地すると、くるりと身を翻した。
靭やかに。
軽やかに。
シュルリと空気を切り裂くように動いた尻尾が、前衛の三人にクリティカルヒット。
バスンという重たい音のあと、三人とも吹き飛んでいた。
ダンジョン内に金属装備がばらばらに散らばり、カランカランと軽い音を響かせていた。
「「…………え」」
「ムスタファァァァ……ダメって言ったのに!」
「グアウ? グア!」
ムスタファが何かを言いたそうに、吹き飛ばした剣士の一人に近づくと、テチテチと前脚で叩いていた。
頬をグシャっと踏みつけているようにも見えなくない。
肉球でのテチテチはご褒美だと思ってはくれないかなぁ?
「もー、踏んだら駄目だってば!」
ムスタファがしつこく何度も剣士さんの顔をテチテチしていると、剣士さんがゲホッと咳をした。
「…………ぅぐ……」
「あ、良かった。生きてる」
「ガウッ!」
ムスタファが妙に誇らしそうにお座りしたけど、俺は褒めないからな?
あと、ムスタファに引きずられて、膝を少し擦りむいたのは内緒にしておいた。
こっちは、恥ずかしいから。
「あの――――」
「ヒィッ!」
後衛の魔道士さんと弓使いさんに大丈夫か聞こうとしたけれど、全身を震わせて怯えられてしまった。
「命だけはっ!」
「え! 命!? 殺したりとかしませんよ!」
「あぁ。まぁ…………ここで殺したりは、しないな」
ゼストさんに命を奪わないのは賛成だが、ギルドに報告は必須だと言われた。
その言い方で、戦闘後にも命を奪うという選択肢があることに気づいてしまった。
そして、彼らが俺たちの命を奪おうとしていた、ということもハッキリと認識してしまい、タガが外れた人間の恐ろしさを今更ながら実感した。
「お前たち、わかっていると思うが――――」
冒険者ギルドには、絶対遵守の規約がある。
・冒険者同士での戦闘行為を禁ずる。
・戦闘が発生した場合、ギルドに必ず報告すること。
・戦闘の理由によっては資格の剥奪をする。
今回の状況はここらへんが関わってくるそうだ。
実は、ギルドに冒険者登録せずとも、魔獣を狩ったりなどの行為は可能だ。
だけど、魔石の買い取り価格の差が発生する。
登録すると、ギルドカードでしか分からない冒険者レベルがわかったり、ランクでの報酬や依頼の斡旋など、様々なことに影響する。
今回は、完全に悪意ある行為だったこともあり、ゼストさんは報告するべきだと言ったのだった。
「「はい」」
「俺たちは先に出る。お前たちは一時間後に移動していい」
「「…………はい」」
これは、ペナルティだとゼストさんが言った。
先に行かせた場合、どこかで待ち伏せされる可能性がある。それを避ける為なのかと聞くと、ニヤリと笑われた。
どうやら正解らしい。
「確かに、魔獣らが出てこないのはコイツが関係しているだろうな。それに気付いた勘は良かった。だが、魔獣の知識と推考が浅すぎる」
強い魔獣をテイム出来る可能性は、かなり低い。
だが、ゼロではないのだ。
「真実は……そのうち知ることになるだろうよ」
ゼストさんが行くぞと顎で出口を指して歩き出した。
こくんと頷いてムスタファとついて歩いていると、「そうそう」とゼストさんがまた冒険者パーティーの方を振り向き声を掛けた。
「気絶した振りを続けている剣士! 本当に気絶している二人を抑え込めよ?」
「………………承知、しました」
ムスタファがテシテシと踏みつけていた剣士さんがムクリと起き上がって、こちらに向かって頭を下げた。
なんとなくしか覚えていないけれど、中心人物のようだった剣士さんの横で、物静かに剣を構えていた人。
馬車の中でも、目をつぶり黙っていたような気がする。
あのときは気づかなかったけれど。
なんとなく、ムスタファはわかっていて、彼にだけ手加減したのかもしれないな、なんて考えた。
「ムスタファ、ありがとね」
「ガゥ!」
タタと走って俺の前に来ると、なぜか脇に頭を入れてきた。
そういえば、小さい頃に飼っていた猫も、抱っこするとこんなふうにしてきていたな。
ムスタファはデカすぎて、俺の体を持ち上げちゃっているけども。
「さ、地上に戻るぞ」
「はい!」
「ガゥー!」
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