第11話 拗れる未満の同意

 彼の語ってくれた内容は、まず魔法塔についてから始まった。

 そしてそこのマジックマスター・ロレンツがマックスの命を狙っている事も彼は隠さず話してくれた。


「何っなんですかそのゲス魔法使いはっっ! どうして職務熱心な忠臣のお手本のようなマックス様を狙うんですか! はっ、もしやそいつは王家に反逆心を抱いていて、明らかに邪魔になるあなたを一足先に排除しようとして……? それかきっとカッコ良くて強くてセクシーなあなたに嫉妬したんですよ! うんうん絶対にそっちですねマックス様にジェラシーですね!」


 闘牛宜しく鼻息も荒く肩で息をする私を呆気として見つめて、マックスは思いの外噴き出した。はははっと本気で可笑しそうに笑っている。


「……そこ笑うとこじゃありませんけども?」

「いや、まあそうだが、俺に嫉妬の線はないな」


 彼は私をとても優しい目で見ている。


「じゃあ、冗談抜きに反逆心を?」


 だとすれば国を揺るがす一大事。下手をすればこの国が二分されかねない。

 魔法塔の人員は王家を支える立派な柱、彼らが王家と反目なんてしようものなら周辺国は挙って魔法塔を味方に取り込もうとするだろう。そして最終的にはこの国に攻めてくる。


「フェリシア、それも違うんだ。だから安心してくれ」


 戦火を想像した私の顔色が余程酷かったのか、マックスは私を安心感に包み込むように敢えてゆっくりとした口調で、その思慮深い声に私は確かにとても安らぎを感じた。


「なら、あなたを狙う理由って?」


 あとはもう大したものは何も思い付かない。強いて言うなら昔好きだった女の子が彼に惚れていてハートクラッシュした逆恨みとか? だけどそんな私的過ぎる理由で動く魔法塔トップなんて嫌だ。

 マックスは私の問い掛けに眉間にしわを寄せた。

 彼にとって何か極めて口にしづらい理由なんだろう。


「あの、答えにくいのでしたら無理にとは」

「いや、この先君にだけは変な誤解をしてほしくないから隠し事はしたくない。それでもしも俺から離れるとしても、その時はその時で仕方がないが」

「…………」


 ああ、自分の目が据わるのがわかる~。マックスも変化に気が付いたみたい。

 フェリシア、とつい今し方とは異なり窺うような声で呼び掛けてくる。


「仕方がないって何ですか……」


 そこは力になってほしい傍に居てくれって、何度でも説得するから覚悟しとけよ子猫ちゃんウィンクバチコーンとまではしなくていいけど、いや可能ならしてほしいけど、仕方がないって諦めないでほしかった。


「マックス様は私があなたに幻滅して去って行くと、疑問も躊躇いもなく思われているんですね」


 彼はやっと私の不機嫌理由を察したようであたふたとした。向かいの長椅子から立ち上がって私のすぐ傍にしゃがんで見上げてくる。私の両手にそっと手も添えて。

 ……この人は実は女心を掴むプロなの?

 普段は真面目で石かってくらいなのに、スイッチが入った昨日なんて強かな猫とか狐みたいな艶やか男で迫って来た。そして今は御主人様許して~なこび売りわんこの上目遣い。

 彼の私への真摯な好きって気持ちを知ってしまったこの私がもう彼を突っぱねられるわけがないってわかってるでしょ実はっ。

 こっちの狼狽を見逃さず、彼はすかさず両手の指を絡めてしかと握り締めてくる。


「フェリシア、君がそう言ってくれるからこそ、俺はどこまでも貪欲になってしまうだろう。その時に後悔しても遅いんだからな?」

「あなたこそ、私に一生付き纏われる覚悟で仰ってます?」


 じっと互いに目と目を合わせて腹の探り合い。

 だけど、本当はそうじゃない。

 私は身を屈め、マックスは腰を高くする。

 二人きりの部屋での今日最初のキスは彼からの石鹸の香りが強かった。


「……それで、ロレンツ卿の動機とは?」


 吐息の近い距離で囁けば、照れを押し隠したマックスは私の隣に腰を下ろした。その横顔が引き締まる。


「彼は敬虔な教会の信徒でもあるんだが、中でも魔物や悪魔などの異端と呼ばれる存在を過度に排斥しようとする一派に属している。彼が魔物討伐にずば抜けた功績を積み上げているのも、並々ならぬ強い意志があるからだろう」

「あら、マックス様だって負けていませんよ」

「まあな」


 彼ってば満更でもなさそうに微笑んだ。自信に満ちて自負する姿も素敵~。


「フェリシア、君も魔法には複数の系統があるのを知っているだろう? 中には、悪魔や魔物を使役し必要に応じて召喚して敵と戦う魔法もある。黒魔法や黒魔術、闇魔法などと人によって呼び方は異なるがな。で、ロレンツはその系統の魔法使いも魔物同様に神に背く存在だとして排除したいと考えているようだ」

「え、じゃあまさかマックス様は……」

「ああ、俺もその系統の魔法を使う。悪魔を使役している。戦場で以外は滅多に出さないが。悪魔戦士なんて呼ばれるのはそれもあるんだろう。戦場と縁遠い君にはずっと黙っていた」

「悪魔を使役……」


 呆けたように呟いた私へと、彼はほろ苦いような表情を見せた。


「やはり悪魔だなどと、気味が悪――」

「――素敵ですねそれは! ダークなマックス様もきっとメロメロになるくらいにカッコいいんでしょうね~!」

「え、フェリシア……?」

「良ければ使役している悪魔を見せて下さいませんか?」


 マックスは意外なものを見るような眼差しで私を見据えた。


「悪魔を従えるなんて、不気味とか気持ち悪いとか怖いとか、それこそ背徳だとか思わないのか?」

「うーん? それがマックス様じゃなければ、もしかすると怖いとは思ったかもしれませんけどね。背徳云々にしましては、この世の魔法の理なんですからとやかく言ったところで無意味でしょう? 紛れもなく存在して必要に応じて実用されているんですからね。それが嫌だと使用者を敵視するなんて子供の駄々と一緒ですよ。そのロレンツ卿も敬虔と言うより幼稚ですね。マックス様は人に仇なす魔物を討伐して私達を護って下さっていると言うのに」


 私の長台詞にマックスは珍しく目を丸くした。


「こういうところは君も現実的かつ合理的なんだな」

「……それは称賛と受け取っていいんですかマックス様?」


 他は夢見がちって言いたいのかな? 怖い笑顔を向けると「も、勿論」と少し固まった。


「まあ追及はしませんけど、どんな魔法を使おうと、それも私の愛する方の個性ですもの。否定なんてしませんよ。私を見くびらないで下さいね?」


 ずいっと顔を近付けて半睨みしてやると、彼はまた苦笑を浮かべた。嬉しげな苦笑を。


「ありがとう元気が出た。それでだな、ここからが本題だ。ロレンツは俺を狙って頻繁に刺客を送り込んでくるんだが、そうすると君にとっては俺の近くにいる分だけ危険と遭遇する率が高まる。しかもそれだけじゃなく君を俺への人質として狙ってくるかもしれない」


 ははあなるほど、マックスとの間に深く刻まれていた亀裂を完全修復した弊害がここにきて出てきたってわけね。


 ほとんど一緒にいなかったつい最近までは、婚約者なのにお互い通りすがりよりも遠い存在だったから、ロレンツも私に着目しなかった。

 だけどこの先はイチャイチャする。うんもうね半端なくする。

 目に付くのは必至。場合によったら鼻にも付くかもしれない。

 普段は魔法塔に引き籠っている奴なんて陰キャそうだしモテなそう。リア充爆発しろってキレて爆破魔法すら発動させそうよ。


「マックス様の懸念は確かに考慮しないといけませんね。わかりました、必要なら魔法具店から沢山アイテムを購入して立ち向かいます。私がただ尻尾を丸めてブルブル震えて隠れているだけなんて思わせません! むしろ人質になんてできない無理だって怯ませてやります!」


 彼は不思議そうに瞬いてから、くしゃりと破顔した。


「ふ、はは、お見それした。フェリシアは強いな。その意気なら俺達は大丈夫そうだな。気持ちは通じ合っているんだと双方に確信があれば、離れていても、――たとえ破談にしたように振る舞っても揺るがないだろう」

「……え?」


 全くの埒外の言葉を言われて私の奮起していた思考は半ば止まりかけた。でも止まるわけにはいかない。


「それは、つまり……敵を欺くために私達が互いに険悪とか無関心に見せかけるという意味と受け取って宜しいんですか?」

「理解が早いな。そうだ。俺は俺の事情に巻き込んで君を危険に晒したくない。なるべく早くロレンツとの決着はつけるつもりだ。だからそれまで俺の近くには寄らないようにしてほしい」


 私のための予防策、それはわかる。

 でも……。


「お断りします。冗談でも、欺きや偽りに最適でも、破談なんて口にしないで下さい」

「いやフェリシア、本当ではなくてふりだふり」

「ふりでも嫌です」


 もし嘘が真になってしまったら?

 昨夜誤解が解けた直後だったならあり得ない馬鹿げた事と策に同意したかもしれない。だけど今はそんな風に思えない。


 だって破談書を失くした。


 私達にとっては重要なものを。無責任にも。破っても燃やしてもいないからその書類内容は有効だ。

 それに則する言動を取らないとならないなんて冗談でしょ。

 タイミングがなくてまだ言えていないけど、マックスはそれを聞いても策は変えないなんて言うのかな。


「フェリシア、以前の俺達と同じようではあるが、以前とは違うのは君もわかっているだろう?」

「私っ、破談書を失くしたんですっ」


 マックスは一瞬止まったようにして瞬いた。


「私用のを。知らない間に保管場所から無くなっていて、誰が持っていったのかもわかりません」

「一応訊くが、それは破棄されたものではないんだな?」

「はい。後で破り捨てるなりしようと思って仕舞っておいたんです。鍵は掛けていませんでした。不用心にしていた私の落ち度です。ごめんなさいマックス様!」


 横を向いて長椅子の上に正座して、膝に置いた両手の拳を握り締めた。首も両肩も縮こめて俯く。


「その犯人が私達の婚約無効を触れ回らないか気掛かりで……その裏付けになるような振る舞いはしたくありません」

「しかしその時はまた婚約し直せばいいだけだ。無駄に心配しなくてもいいだろうに」

「そ、れはそうですけど……そういう事だけで反対するわけじゃありません」


 マックスは怪訝にする。

 ああ、はは、薄々思った通り、私達の気持ちには温度差があるみたい。


「マックス様は平気なんですね。私はもうあなたと距離を起きたくなんてないのに……」

「いや、俺だって君と過ごしたいが、まだ状況が適切ではないだろう?」


 適切? 平然として諭してくる彼は私の何分の一なんだろう。

 危ないからと問題の蚊帳の外に置かれて頼ってもらえない自分の無力さに腹も立つ。


「刺客に遭遇して危険な目に遭おうとも、あなたと仲の悪いふりをするのは無理です。あなたに素直にいられないならむしろ危険な目に遭った方がマシです」

「フェリシア、君の安全のためなんだ」

「私のためならっ」


 もうこれ以上何も言うなって意思を込め、大声をぶつけていた。


「一緒に解決策を考えてくれって言ってほしかった。もしも危険に直面しても全力で護るから傍にいろって押し強めできてほしかった……!」


 マックスは私の我が儘に幻滅したかもしれない。現に駄々っ子を前にしたみたいに困った顔になっている。でもこれが正直な私の気持ちだわ。


 万一刺客との戦闘になった際には私なんて役に立たないお荷物なのはわかってる。護ってなんて言ったけど、実際誰かを護りながら戦うのは大変だし、危険度が増すし、護り切れない時だってあるだろうし、逆に彼が怪我をする可能性だってあるって、頭ではわかってるの。

 彼が提案するのだってその全部を真面目に考慮してよね。

 本当は気持ちが薄いとかそういう事じゃないんだって冷静な部分ではわかってて、なのに彼を責めてしまう感情的で未熟な自分がいる。

 こんな風に好きな人を困らせる自分が嫌になる。

 一度スーハーと深呼吸してから強気の視線を彼へと向けた。


「取り乱してごめんなさい。ですけどわかりました、あなたの作戦が最も安全で効率的ですよね。破談になったと周囲には思わせましょう、ええ是非ともそう致しましょう。不仲なんて私達の十八番ですもんね」


 すれ違っていた時期に戻ったみたいにぞんざいで乱暴な口調の私は彼の横から立ち上がった。


「怪しまれないように私からはあなたに近寄りませんのでどうぞご安心を。うちの両親と屋敷の者にも他と同様の対応でいきましょう」

「君は言わないでいいのか? 知っていてもらう方が何かと協力を仰げるだろうに」

「敵を欺くには味方からですよ、マックス様」

「それはそうだが」

「知らない方が安全というケースもあります」

「まあ、そうだな……」


 素っ気ない私のせいで彼はとても居心地が悪そう。私も決して意地悪したいわけじゃないのに意固地になってしまうのを止められない。ああ涙が出そう。だけどまだ泣かない。意地でも。


「ああ、朝食は不要と仰られていましたし、もうお帰り下さいね」

「フェリシア、怒らないでくれ。俺の言い方が悪かったとは思うが」

「怒る? まさか。あなたの言い方にも何の問題もありません。私達のためになんですから」


 私は部屋の入口に立って扉を開けたまま掌で慇懃無礼にも退室を促した。彼は頑なな態度に辟易したのかそれ以上何かを言うでもなく私の前を通り過ぎて廊下へと出る。


「フェリシア、諸々が片付いたら必ず君に最初に伝えに来る。あと、破談書類の件も深刻に考えなくとも大丈夫だろう」


 意外にもマックスは気分を害してはいなそうだった。私より余程大人ね。


「そうですか。お見送りは致しませんので、どうぞ帰りもお気を付けて」

「ああ、ありがとう」


 それでもつんけんした態度にはやや眉尻を下げた。不安そうな一瞥を最後に静かに廊下を去っていく。

 そんなわけで、私達の変わったようで変わらない生活は始まりを告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る