第32話 中国人たち1

 とにかくこのクソTのような最初にいい加減な仕様を出しておいて、後から後から修正をかませてくるような客が一番困る。

 少しでもこの状況を救おうと行動する。

 中国の技術者にメールを送る。

「資料は今後追加予定です。判らないことがあったら何でも聞いてください」

 ・・無視された。

「大丈夫ですか? 作業は進行していますか? 進捗をお知らせくだされば幸いです」

 ・・無視された。

 この遣り取りはクソTにも回しているがこちらも無視している。

 Tさん、向こうからの返事が無いのですがと尋ねても何も答えない。

 相手の技術者がこちらのメールを無視しているのだから、もっと上、つまり向こう側の会社の社長に話をつけるしかないのだが、それをこちらのヒラが勝手にできないのは明白だ。なのにクソTは動かない。あくまでも相手側が対応しないのは私が悪いからという態度を変えない。


 こいつらの胸倉を掴んで振り回したらどんなに気持ちが良いだろう。

 ああ、胃が痛い。


 三か月間、メールを出し続けたが、向こうの技術者は無視し続けた。一切返答が戻って来ない。そしてクソTも慌てるどころか何も手を打たない。

 馬鹿だろ。お前?


「携帯ができました」

 いきなり向こうから連絡が来る。

 こちらの頭にはハテナマークしか浮かばない。

 この杜撰な仕様でいったいどんな製品ができるというのか?


 クソTと私、そして新人のYさんとの3人で中国に行くことになった。


 香港国際空港から深センへと移動する。

 こちらは車酔いで死にかけである。車酔いの薬は飲んでいるが航空機の移動ではそれがまったく効かないのは困ったものである。

「空港で飯を食いましょう」

 そう言いながらクソTが死にそうな顔のこちらを引き回す。飯も何もこちらは吐かないようにするのが背一杯である。蒼い顔のこちらを見て満足そうにしているクソTに心底腹が立つ。こっちかな、いや違う、あっちだ、とさんざん引き回された。

 この人物はこういう偶然に見せかけての嫌がらせを必ずする。絶対に機会を見逃さない。己の歪んだ性癖を満足させるのに全開であるのが良く分かる。


 中国には大きなビルが林立している。凄いとは思わない。これは一京円を越える借金で作り上げた都市なのだ。そして実際に生産した売り上げの多くは借金の返済ではなく軍備と中国共産党上層部の贅沢な生活に使われている。

 自分の体を燃やして周囲を照らしているのが中国経済なのだ。そしてこの先には派手に借金をする者にありがちな結末が待っている。すなわち踏み倒しである。


 空港のホテルに泊まる。

 今頃腹が空いて来たのでルームサービスを頼む。

 焦げたベーコンにしょぼい目玉焼きにトーストで二千円を取られる。

 ホテルの内装はきちんとしているが、トイレの水は流れない。どこかにコインを入れる料金箱でもあるのだろうか?

 見た目は綺麗でも掃除の手を抜いているのは分かっていたので、できるだけどこにも触れないように気を付ける。


 次の日はクソTと二人で向こうの技術者に会う。

 資料を持って会議の席に着くと早速向こうの技術者が一台の携帯を差し出して来た。

 はあああああああ?

 依頼した携帯をもう作ったのかとも思ったが、どうも様子が違う。機種番号が入っている製品だ。それも古い型の。


「これでいいか?」その一言。


 つまり最初からこちら仕様など無視して、自分たちが他の会社に納めていた古い携帯を差し出して来て、これを納品しようとしたのだ。

 最初から設計する気などなかったのだ。だからメールにも返事を寄越さなかった。

 明らかな詐欺である。

 中国人は製品と仕様が異なると、仕様の方を変えて来るというが本当だったのだ。

 ここまで締め切りが詰んでいれば今更他の会社に切り替えられないと知ってやっている。


 私の横でクソTは手を伸ばして差し出された携帯を弄っている。


 怒らないのかい、あんたは!?

 ここで激怒しなくてどうするというのだ?

 出来合いの携帯なんか出されて、発注元の会社が認めるわけがないだろうが。

 あれほど私を虐めていた癖に、こういう相手には怒らないのか?

 心底呆れた。

 もうこの時点でこのプロジェクトは99%失敗している。

 たとえこれで製品が出たとしても、あくまでもつなぎで作られたクソ製品だ。開発費さえ回収できるかどうかは怪しい。


 もちろんクソTは怒らない。怒れば自分が相手に騙されたということを認めることになる。なにせこの会社を見つけて来たのは彼なのだ。

 そしてそれを認めれば『完璧なる自分』に傷がつく。だから最初から分かっていてここに頼んだのだよという顔をする。

 驚くべきいびつに膨らんだエゴである。


 後年ちらりと「二度とあの会社には頼みませんよ」と漏らしたのが彼の本音であった。

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