第31話 大転換
クソTがある日宣言した。
「今度、香港の会社に携帯電話の作成を依頼することになりました」
いきなりの方向転換である。
理由は言わないが判る。クソTが作業者を集めきれなかったのだ。
だがそれを明言してしまうと、リーダーとしての自分の無能さが明らかになってしまうので絶対に口にはしない。
こうなるとここまで進めて来たハード設計もファーム設計もすべて破棄である。
「そちらのファームもそのまま携帯電話に組みこめるようにはなっていないでしょ?」
上から目線でそう決めつけてきた。
私はもちろんそのまま組み込めるように作ってある。そのためにこれまで苦労してきたのだ。
でもそれを言えばまた嫌味が始まる。
「そうですね」
それだけを返しておく。
じゃあ今まで通り、なんて話になるとまた面倒だ。
この香港の会社は携帯電話を作って販売している会社だ。
メンバーは元から香港に住んでいた香港人ではなく、大陸から来た人たちである。つまり市場解放で中国側から流れ込んで来た人たちである。
この二つの人種には元から大きな差がある。
香港人はイギリス統治下の政府で教育されているので契約を守る。つまり考え方は英国人だと思ってよい。
大陸人は今まで中国の鉄のカーテンの中で生きて来た人間たちで、その頭の中は基本的に蛮族である。信義も約束もなく、ただひたすら金だけが目的である。
断言するがこれは差別ではない。実際に彼らに触れた実感である。
彼らの考え方は長い間の中共の支配下で培われたもので、その生存スタイルはいわゆる日本人が考える誠実さや高潔さとはほど遠い。
日本人と同じように扱ってはいけないのだ。
それはこれからこちらに居る人間総てが身に染みて味わうことになる。
珍しくも社長が会議に来て演説した。
「今中国は色々取り沙汰されている。懸念はあるが残り工程に間に合わせるにはこれしかないので我慢して付き合って欲しい」
当時はチャイナリスクが顕在化し始めていた頃だ。
クソTは中身がボロボロの仕様書をそのまま香港の会社に送った。
これには慌てた。
他に見せられるようなモノではなかったからだ。せめて後二週間は修正の時間が欲しかった。
向こうの技術者から返事が来る。
「XTMLには対応できません。必要なCPUのパワーが足りません」
このことをクソTに報告を上げると、技術規格書が並んでいる棚に連れていかれた。
携帯電話の規格の項目を開き、相手の会社が提示している携帯電話の規格レベルについて書かれている項目を指さす。
そこにはXTML対応と書かれている。
「ね!」
クソTが鼻高々に言う。
ね、じゃねえよ馬鹿野郎。心の中で毒づく。本当に馬鹿だな。こいつは。
安物携帯では無理なのだとどうして判らない?
規格で決められていようがどうしようが、当の技術部門が対応していないと明言しているんだ。じゃあ規格にあるから何としても組み込めと言って、果たしてやってもらえるのだろうか?
無理に決まっている
手間の問題ではない。CPUのパワーがそもそも足りない。
小型マイコンが使えるリソースを考えると、XTMLの表示機能自体が厳しい。
それはスマホなどの一台10万円クラスの機器でのみ可能である。
高速のCPUを積み、大量のメモリを惜しげもなく使えるお貴族さまのハードだけに許された贅沢なのだ。
そう思うが膨れ上がったエゴの塊のクソTの説得は無理だし、たとえ説得できてもこちらには何の得もない。万一何とかしろと喚かれたら堪ったものじゃない。
そのまま大人しく引っ込む。
私の仕事には間抜けの説得は入っていない。
泥沼に向かって疾走する車に乗るのはこんな感じだろう。
私は知らない。大変な事態になったら今度こそ尻に帆掛けて逃げてやる。
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