第30話 新人来る

 ファーム部隊に新しい人が来た。

 これでやっと仕事が進むと思ったのは浅はかだった。

 まず情報交換をと思ったが、この人はいつも職場にいない。やがてその人が他のプロジェクトにまだ関わっていることが分かる。

 同じファーム部隊なのに私と会議をしようともしない。いつも何か別のことを勝手にやっている。

 やがて判明したのはクソTがファーム屋として頼りにしていたのはこの人で、私はその人が来るまでのツナギとして確保した人間であること。そしてこの人はこの人でこのプロジェクトに深く関わる気はないこと。

 これでは何の助けにもならない。

 それどころか、これで私の存在価値が減ったとばかりに嫌がらせが酷くなった。

 いついなくなっても構わないから、自分の性癖を遠慮なくぶつけ始めたのだ。

 私は賢い者からの無茶ぶりは平気だが、耳の穴から間抜け汁が垂れるような者から上から目線でマウントを取られるのだけは溜まらない。

 ああ胃が痛い。


 仕事の発注元からは作業員の少なさを突かれいるものの、クソTがいくら探してもその下で働こうという者は当然見つからなかった。全員虐めて放り出しているのだから当然である。

 誰か他にいませんかと言われて、一応N社で前に会った技術者に訊ねてみたが忙しいようで断られた。

 アハハKに訊ねてみると、人を紹介して来た。だがこれもハード屋さんだ。ファームの手の足りなさはまったく解消しない。


 人がいない。まったくいない。プロジェクトの期限はどんどん迫って来る。



 そんな中、クソTが外部の技術者に資料を出した。

 製作するのはこの携帯電話がアクセスする先のサービス用のサーバープログラムだ。

 これを聞いて私は勢いづいた。その資料が出るということはちっとも確定しない仕様が確定したということに違いない。

 こっそりと送られた資料の中を覗いて見る。

 ログを辿って追ってみるとなんとそれはここが数年前に作った携帯電話用のサーバー資料そのものであった。もちろん今回のものとは内容が完全に違う。見たことの無いパラメータが無数に並んでいる。これを参考に作っても目的のものは決してできない。

 牛肉料理を作るのに豚肉のレシピを渡すようなものだ。これで出来上がるのは似て非なるもの。

 相手が仕事を受けてから延々と仕様変更を出すクソTのいつものやり方だ。このままでは大変なことになる。

 慌てて仕事を受けた先の技術者にメールを送る。

「その資料は不完全です。事情を説明したいので、ご連絡ください」


 完全に無視された。

 三日後、いきなりプログラムが納品された。但し書きがついている。

「ご希望のプログラムを納品します。これ以降の作業は追加費用が発生しますのでご了承ください」

 やられた。クソTのやり方をこの人はよく知っているのだ。だから送られてきた資料が前の仕事のものと寸分たがわないことを確認すると、仕様変更が来る前に、以前に作ったプログラムを納品して仕事を終わらせたのだ。

 なんという早業。そしてなんという無責任さ。普通の技術者ならば送られて来た資料をチェックした後に何かお間違えではありませんかと聞く。

 それに私はメールで連絡をした。それを無視しての行動である。


 結果として、クソTはまったく役に立たないわずか三日間の仕事に百万円は放り投げたことになる。

 これを馬鹿の極みと言う。だがどこからも文句が出ない合法なやり方である。


 もっとも、発注元の会社が遅々として進行しない仕事に業を煮やしていたので、それを誤魔化すためにクソTはこういったモノを作らせたのかも知れない。

 つまり発注元に言い訳するために発注元のお金をドブに捨ててみせたのだ。


 綱渡りの愚人劇。これが観客席で見ているのなら大笑いができるのだが、その渦中に居れば笑うどころか溺れないようにするのが精いっぱいである。

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