第29話 トラブル続き
携帯電話のベース部を作るついでに、それに疑似的なキーなどをつけて携帯電話の表示と操作を行うシステムを構築する。
ハードができたときにできるだけ変更が少なくなるように注意して作る。
移植が可能なように操作処理部だけC++で書く。出来上がったのはC#とC++言語の混合体だ。ああ、面倒臭い。
サンプル・デモとしてリリースする。
仕事元にそれを見せて喜ばれたと聞く。
間にクソTが入っているのが嫌だが、それでも自分が作ったものが誰かを満足させたのはうれしいものだ。
だがこの努力のすべてはクソTの無能のお陰で無意味な努力に終わる運命にある。
仕事の開始から半年が経過した。
お昼に皆で昼食に出るとクソTが地球温暖化の何が悪いという自説を展開する。温帯の位置が移動するだけで農業にはさしたる影響はないとどこかのネットで拾って来た知識を披露する。
何とお軽いことか。
実は地球温暖化の問題は気候帯の移動そのものではなく、気候帯の変化速度なのである。通常は20年かけて行われる気候の変化がわずか一年で起きる。そのため植生の変化が間に合わず、結果として砂漠化が進行するのである。
ただその知識の間違いを指摘すればクソTがたちまちにして不機嫌になるので教えてはやらない。裸の王様は裸のままで放置するのが正しい。裸だと笑った子供はその場で死刑にされるのが現実というもの。
まだソフト作業員の追加は来ない。残り半年でファーム一人では行程的に不可能だ。
口にはしなかったがクソTがいくら探しても仕事を受ける人間が見つからないようだった。だが決してクソTはそれを認めない。自分は常に完璧な人間でなければいけないからだ。
どうしてそこまで人員が見つからないかと言うと、一度でもクソTと仕事をやった人間はこの人物の仕事を受けないからだ。私のように経済的に追い込まれていない限りは。
この人は次はいつプロジェクトを放り出して失踪するのだろうか。内心それを少しだけ期待した。今度は尻ぬぐいをしてやるつもりはない。
それよりも何よりも私の前にはもう一つ大きな問題が立ちはだかっていた。
SNS問題である。
携帯電話にはSNS機能は必須だが、これの仕様がどこにもないのだ。
もちろんクソTにも聞いてみたが無視された。つまりこの人も何も知らないのだ。
自分が無知であることを認めるぐらいなら聞かなかったことにするのがこの人物の戦略である。
仕方がないので課内の人間に情報を求めてみる。
新たに来た雇われ課長が教えてくれる。
SNSの処理に関しては携帯各社が独自の規格で行っており、特に公開はしていないらしい。
「大変だね~」皆が気楽に感想を述べる。
おいおい、他人事かよ。
与えられたのはまったく役に立たない情報である。
ただこれだけは分かる。これはヒラの立場のものがやるような仕事ではない。
各社が独自規格で行っているということは、仕様を公開していないということだ。一度仕様を公開すればその規格に関する保障を行わねばならなくなるからだ。だから元となるメーカーは要らぬ責任を負うことはしない。
別にサードパーティが自分たちに合わせた製品を作ることにはデメリットしかないのだ。だから妨害こそすれ助力はしない。
だからヒラがメーカーに訊いてもまず資料は出てこない。それなりの立場にある人間が、新規開発している製品の概要を説明して携帯会社にそれだけのメリットがあることを説明して初めて仕様が出て来る。
それも困難なので多くの会社は自分たちでリバースエンジニアリングをして仕様を見つけ出す。そのためには専任の人間をつけてかなりの時間を費やす必要がある。
発注元も携帯会社なのだから何等かの情報を持っているはずなので、クソTに訊いてみてくれと依頼したがこれも無視された。
恐らくこいつはこの事態で私を苦しめることができることを楽しんでいた。
これらの事情に加えて、携帯電話の仕事が初めての私がそれらの情報を抜けなく入手するのは無理がある。携帯電話開発のためにある程度の経験がある人間を引っ張って来る必要がある。本来はこれこそがプロジェクトリーダーの仕事なのだ。
クソTはそれらすべてを無視している。
となればこちらもこの問題は無視するに限る。
たまには私も手を抜こう。必要な残り二人のメンバーが来たらこの仕事を丸投げしてやろう。
ああ、胃が痛い。これではじきに穴が開くだろう。
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