第28話 間抜け輝く

 クソTはかなり歪んだエゴの持ち主だった。

 G社の研究所長と同じで、自分は絶対的にできる人間で賢くてその言葉は完全なる正しさに満ちていると信じていた。つまり自分は神だと信じていたということである。

 その妄想と現実が異なっていれば現実のほうを無視することで辻褄を合わせる。その結果が関わったプロジェクトの破綻であり、後も見ない失踪である。


「そんなことはないでしょう」

 これが彼のいつもの言い訳だった。認めたくない現実は否定して終わらせる。


 設計の一部の不備を指摘される。

「なぜこうしたんですか?」

 その問いに、三つほどの理由を述べる。

「そんなことはないでしょう」

 否定された。それからクソTは同じセリフを続けた。

「なぜこうしたんですか?」

 その問いに、またもや三つほどの理由を述べる。

「そんなことはないでしょう」

 これが三度繰り返された。

「なぜこうしたんですか?」

 四回目に訊かれたときにもうこのアホウを説得する術はないと悟った。

「私が悪いんです。私のミスです」

「よろしい」

 その返事を聞いて驚いた。つまりはすべては私が悪いことにしたかっただけなのだ。

 歪んでいる。

 ここまで心が歪んだ人間だったのかと驚愕した。

 論理の筋道ではなく、相手を屈服させることだけを目的とする。それを可能にする権力を持っている。どこの馬鹿だ。このアホウにCEOの座を与えたのは。

 絶対に友達になれない人間がこの世にいることを改めて思い知らされた。


 あまりにも指示が変転するので指示は文書でくださいと要求したら、手間がかかるからと拒否された。その真意は文書で残せば自分の指示が矛盾だらけであることが明確になるからだ。

 あるとき、こちらが書いている設計書のことで呼ばれた。おかしな部分を指示してネチネチと嫌味を言い続ける。

 二時間ほど嫌味を言われた後に、クソTが席を外したすきにちょろりと呟く。

「Tさん。熱でもあるのかな? いま文句言われたところ書いたのTさん本人なのに・・」

「さあ? でもそういえば顔赤いよね」

 もちろんこれがクソTの耳に入れば、そんなことはないでしょうの言葉と共にまた嫌味が始まる。


 こちらが自分で進めた場所はすべてクソTにひっくり返された。彼は論理に従って変更しているのだはなく、ただ単に私が決めたというのが気に入らないらしい。全部真逆に書き替えられる。

 仕事が全部二度手間にされるので、やる前にこの方針で良いのかを確認するようにした。

 すると、何でもかんでも聞くな鬱陶しいと言われた。

 知らんがな。お前がくだらんサド性癖をむき出しにするからだろう。

 それ以降は二度手間を我慢して仕事を続けた。

 仕事の代金は貰っているけど、クソTの性癖のお相手の代金は貰ってないんやけどなあ。


 こんなこともあった。

 組み込む関数名の名称にGETSETを使うかREADWRITEを使うのかを決めるのに、クソT主導の会議で延々と2時間使われた。結論を待っているこちらのグループはもうイライラである。こんなものはどちらでもよいのだ。

 馬鹿の極みである。

 私としては他の関数名との関係もあるのでGETSETの方がよい。そこでこう言ってみた。

「READWRITEにしませんか?」

 クソTは15分考えてから言った。

「いや、GETSETに決めましょう」

 実に分かりやすい馬鹿だね。あんた。要は何かを考えているのではなく、私の提案を通したくないだけなのだ。

 一事が万事これである。

 あああ、怒鳴ってやりたい。


 ここに勤め始めて一カ月が経過したとき、初めての課内会議が行われた。

 多くの議題が生じていたので、これを今か今かとグループの誰もが待っていた。

 クソTは会議の席につくとまず一言発した。

「進捗のみを述べてください。他は要りません」

 会議室がざわついた。

 これはプロジェクトの進め方としては最悪のものである。

 課で仕事をするときは、課長には課長でしか解決できない仕事があり、主任には主任でしか解決できない仕事があり、ヒラ社員にはヒラ社員の仕事がある。

 だからお互いの情報を交換し、仕事の内容と権限を移譲することで仕事を進める必要がある。

 例えば数千万の機械が必要な仕事があった場合、これの購入をヒラ社員が勝手に行うことはできない。一度上にあげて裁定を仰ぐ必要がある。

 人間の内臓に例えた方が良いだろうか。腎臓には腎臓の働きがあり、肝臓には肝臓の働きがある。その違いを知った後で、各動作をすり合わせる必要がある。でなければ臓器のどれかがすぐに死ぬ。


 そういった作業と解決方法をこの間抜けの一言で全否定されたのだ。

 なるほどこれではクソTが関わる仕事が片っ端から破綻するのも不思議はない。

 ざわめく会議室の中で、この仕事も暗礁に乗り上げることを私は確実に予感した。

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