第26話 混沌の鍋
やがて仕事のストレスはマックスに達した。
原因はクソTその人である。
まず話しているとその応答の悪さにイライラする。頭の回転がやたらと遅いのに返答の前に要らぬ間を入れる。自分を賢く見せる方法というノウハウ本に載っているようなテクニックだ。
そういえばこういう人だったなと思い出す。
自分が人を苛つかせていることに気づいていないのか、それともわざとやっているのか?
参照している資料は毎日のように更新される。後から後から気分でひっくり返すのだ。
そういえばこういう人だったなと思い出す。
頭が悪すぎて先がまったく読めないのだ。
これやってくださいの言葉と共に仕事を積み上げる。一週間の期限の中にたちまちの内に三か月分の仕事が積み上がったのを見て、この仕事が破綻するのがこの時点で判った。工程を全く理解していない。
そういえばこういう人だったなと思い出す。
仕事の内容を理解していないのもそうだが、普通工程を立てるときは自分ならこのぐらいというのを基準にする。この人の頭の中にある『自分』はスーパーマンなのだ。現実との乖離はすべて無視することで辻褄を合わせている。
ここのサーバーに資料を入れてありますと指示される。
複数メンバーで仕事をする場合サーバー上の資料を触るのには一定のルールが必要となる。それを作らない。
そのため資料を触る前に、私は立ち上がって作業フロア中に呼びかけた。
「今からこれこれの資料を触ります。使っている人はいませんね?」
クソTはじろりと睨むだけで何も言わない。
作業を終えると、さっそくクソTから文句が飛んで来た。
勝手に資料を更新しては困ります。せっかく作った資料が消えてしまったじゃないですか。
お前の耳はいったいどこについている、と叫びたかったがスミマセンとだけ言っておく。
そういえばこういう人だったなと思い出す。
ただしこれだけは少し違う。ワザとこういうことをやっているフシがあるのだ。
そうやって部下を嬲って楽しむ。実はこの人間はひどいサディストだったのだ。
ある日、透明なパネル壁に囲まれた会議室でクソTが別のプロジェクトの会議をやっていた。
見知らぬ他の雇用者がその中で暴れている。
「いったい俺にどうしろと言うんだ!」
手にした書類を叩きつける。それをクソTが驚いた顔で見ている。
後でクソTが、もうあの人は雇えないねと話している。
暴れていた人が悪いのではないと直観的に判った。
昔ウチのクソ兄が私にやっていたのと同じだ。
私が我慢できなくなるまで24時間いつまでもいつまでも虐めるのだ。そして私がついに怒ると周囲にこう言い訳をするのだ。
「こいつはヒステリーだから」
ここまで読んで来た読者にはお分かりだと思うが、私はヒステリーではない。むしろ我慢の度が過ぎるぐらいの人間だ。
それと同じことが目の前で繰り広げられている。
追い込まれ首を切られる作業者の姿。それはいつの日か私が成るであろう姿であった。
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