第25話 宮仕え再び

 毎日電車に乗って一時間。仕事場へ出かける。

 あまり車酔いが出ないのは助かった。


 発注元の外国の会社から前の機種のソースが来たのでざっと目を通す。

 やはり設計書はついていない。必須のはずなのに誰も設計書を書かない。きっと技術者を名乗る連中は設計書を書くと死ぬ病に罹っているのだろう。

 ソースを読むのは仕事の規模と複雑さを知るのに重要だ。

 三種類の書き方の癖が混在している。ざっと見て製作に二年。一人はその間に書き方が変わっている。何か意識の変革が起きたのだろう。

 後で発注元に聞いてみたら、予測はピタリと一致した。

 三人で二年かかったシステムの改良版ならば、最低でも三人で一年はかかる。

 ということは後二人、作業者が必要だ。その旨クソTには伝えておく。


 サーバーに載っている要求仕様書を読み、全体の設計を考える。

 問題となるのは携帯電話の画面の狭さだ。(この時代はまだスマホは広く普及していない)

 操作スクリーンには2~4行。半角40文字程度が出せる。

 この中に電話帳などの機能を詰め込まないといけない。

 必要な機能と操作を考え、それをこの狭いディスプレイ中にどう配置するかを決定する。

 次の日、また仕様書を覗くと、内容が変わっていた。使える空間が2行と4行では根底から操作は変わる。またやり直しだ。

 その次の日、もしやと思って仕様書を覗くと、またもや内容が変わっていた。

 クソT氏の頭の悪さが噴き出している。

 何度も何度も盲目的に進み、ぶつかり、方針転換を繰り返す。例えるならばダンゴムシの動きに似ている。全体に対する透徹した俯瞰が無いためだ。

 本人がドヤ顔で宣言する口癖は、仕様に困った場合は市販の物に合わせろという創造性の欠片もないものだったが、その市販品にあらゆるタイプのものが混在しているとたちまちにして破綻する。

 まさに右往左往という言葉がぴったりである。



 仕様書を参考にするのを諦めて、先にSDKモジュールに専念することにした。

 携帯電話の核となる部分は、圧縮コードと音声データを相互に変換するモジュールだ。これには携帯電話のSDK(ソフトウェア・デベロッパー・キット)を取り込みポーティングという処理を行う。

 昔の電話機は音声信号を直接伝えていたが、今の電話機は小刻みに分けた時間の中で音をぶつ切りにして圧縮して送り、受け取り側が元の姿に展開して音にする。

 これを素早く小刻みにやると人間の耳には普通の言葉に聞こえるわけだ。


 SDKの提供元の外資の会社に挨拶に伺う。ワンフロアの支社だが、支社長じきじきに出迎えてくれる。自社製品が使って貰えるのだからニコニコ顔だ。製品が売れれば数%のマージンが自動で流れこんでくる。


 貰ったSDKのソースを読み、頭が痛くなる。関数呼び出しが錯綜していて追うのが大変なのだ。つまりかなり混乱した状況の中で作られたものであり、リファクタリングというコードのクリーニング作業を行っていない。SDKとしては大変に質が悪い。

 英語のコメントも少ししかついていない。何よりもポーティング・マニュアルがしょぼい。あまり腕が良いとは言えない技術者の作だ。


 相手先のリンダさんという技術者にメールを出して判らないところの教えを乞う。

「助けて、リンダさん。あなただけが頼りです」

 外人技術者に質問のメールを出すときはスターヲーズのレイヤ姫のセリフを流用することにしている。


 しかしこれらの苦労は後ほどすべて瓦解することになる。

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