第24話 地獄からの呼び声

 電話が鳴った。

 出てみると二度と聞きたくなかった懐かしい声。クソ野郎のTだ。

 北京から帰って来ていたのか?

「仕事しませんか」

「フルリモートでないと受けられません」

「もちろんフルタイムの詰めかけで、ボクの監視の下で働くんですよ」

 うへえ。捻じ曲がった心が良く分かる応答だ。

 普通の人間は『自分の監視の下で』などという言葉は一生使うものではない。

 それより何よりボクのためにひどい目に遭わせてすみませんと謝るのが先だと思うが。何しれっと無かったことにしているんだ。この無責任男が。

 だが、後ろで貯金通帳が背中を突いている。仕事を選んでいられる状況じゃない。

 その状況になった原因はこの男が仕事を放り出して逃げた後始末で長期にわたるタダ働きになったせいなのだ。

 もっともそれをこの男に言ったとしても、それは貴方が馬鹿だからでしょと返ってくるのは間違いない。

 そういう人間だ。


「ウチの標準報酬は月80ですが」

 吹っかけてみた。本来はどこも60だ。

「いいでしょう」

 即答されて、話が決まってしまった。

 大失敗だ。


 その後五分ほどして、声を掛けていた別の会社の人から電話が来た。

 仕事の依頼だ。しまったと思ったがもう走り始めたのだからどうにもならない。こちらは断った。

 内容を聞いてから選べば良かったのだ。クソTとの約束など蹴ってしまえば良かった。

 だが私は自分の言葉を大事にする。一度約束したのなら、向こうから裏切らない限りは約束を破ったりはしない。

 それでいつも地獄に堕ちる。


 次の日から片道一時間をかけて、クソTの会社に出かけるようになった。

 いったいどういう魔法を使ったのか知らないが、クソTはこの会社のCEOになっていた。

 さらにどんな恐ろしい手を使ったのか、自分が潰したプロジェクトの会社から、同じ依頼を受けていた。

 あなた方のせいで私は左遷されるのですとの悲鳴メールを送って来た課長のいる会社だ。

 潰れたプロジェクトを潰した張本人に再び出すなんて、通常ではあり得ない。あのプロジェクトの放棄で発注元には数千万円の損害が出ているはず。

 これはクソTが担当部長か社長の殺人の証拠でも握っていなければできない技だ。

 世の中は謎だらけである。


 今度の仕事は外資系の会社の携帯電話の開発だった。

 こうしてまたもや地獄の日々が始まった。

 それは嫌味と悪意と殺意に満ちた日々だった。

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