第23話 素早い一撃
それから二カ月、電話やメールをした。どれも音沙汰無しだ。内容証明郵便を出したが受け取りを拒否された。
居場所が知れているのに馬鹿だろ、お前。
せっかく持って行った仕事を潰されてここで引き下がるものか。他に仕事もないし諦めはしない。相手の作業場の前で首を吊る想像もしてみる。うん、美しくない。
それぐらいなら刺してやる。世の中にはそれよりも低い金額で人を殺す人間も多いのだから、別に珍しい行為ではない。
N社長に話をすると一言。
「おかしいな。そんな人じゃなかったはずなんだけど」
何と無責任な言葉だと呆れた。あなたを信じて仕事を持って来たんですよ。それ丸ごと奪い取られて、紹介した貴方は謝罪の言葉一つなしですか?
とことん人を舐めているなと思ったが、何とかI氏が作業場にいる日を聞き出してもらう。この日なら必ず電話に出るはずですからとの確約をN社長から取る。
さあ、勝負はここからだ。
電話を掛けても無駄とは知っていたので、直接その時間に向こうを訪れる。
チャイムを鳴らすとドアが開いた。こちらの顔を見て相手がしまったという顔をする。
「どうしてメールにも電話にも応答してくれないんですか?」
皮肉を言いながら、部屋に入る。殺気は感じ取って貰えたようだ。
私はお金の問題よりもむしろこういったトラブルが解決しないことに苛立っている。
テーブルの上に予め作って印刷しておいた念書を広げる。
「これでいいですか? 内容をよく見て、これで良ければハンコをください」
作業代100万円をたしかに払いますとの念書だ。驚くほど無抵抗にI氏は判を押した。
やはり、ウチが出した請求書を自分の請求書に載せてF社に出していたのだなと判った。でなければここで抗議していたはずだ。
ウチの請求書がF社に回ったかどうかは実はF社の人には確かめていない。
だがこれで確定だ。つまりI氏がやったのは取込み詐欺に当たる。ウチが出した請求書で金を貰っておきながらそれを懐にいれて知らんぷりをしているわけだ。
十分に刑事事件に属する犯罪である。
念書に判を押させたのは、今回の仕事には正式な見積もりも注文書もないため、私が仕事を依頼したのかどうかが明確にできないためだ。念書に判を押したということは仕事関係があったことの裏付けになる。
これで型がはまった。
帰ってすぐに10万円が振り込まれた。一週間後に仕事の代金が入ったのでともう10万円。後は数カ月先の他社の支払いが入ったらとの連絡が来る。
そこでもういいと断った。
合計20万円。これにかかった時間を考えるととてもじゃないが割に合わない。
だがこれ以上追い込むと何が起こるか分からない。立場が逆転してしまう。
事の顛末を聞いたN社長はこれに応えて、
「20万でも回収できてよかったじゃないですか」
そう言ったが、まあ無責任でお気楽なセリフだ。
自分が事件の起点になっていることには何の呵責も感じていないらしい。
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