第20話 後始末
まず呼ぶべきはかかりつけの医者だ。
連絡すると看護婦さん二人を連れてすぐに到着する。
医者は死亡を確認し、死亡確認書を書いてくれる。自宅で死んだ場合は医療をずっと行っていた医者がこれを行う。それ以外では変死扱いとなり、警察が介入してくることになる。
看護婦さん二人が死に化粧をしてくれる。
兄姉に母の死を告げる。葬儀社を呼ぶ。
火葬場が開く二日後のために、葬儀社の人がドライアイスを母の周りに敷き詰める。
みんな帰るとまた一人になり、兄弟の訪れを死体と共に待つ。あれほど母べったりだった猫は死体のある部屋には近づきもしなかった。
到着は明日か。
そのまま寝床に倒れ込む。八時間連続で寝たのは半年ぶりだ。
死体が起き上がって来ることはなかった。母の魂はとうの昔に旅立っている。
兄と姉が到着した。
最初に兄が到着した。母の遺体をじっと見ている兄を私が見ているのに気付くと、何故かふすまを閉めて中でゴソゴソやっていた。
恐らくは遺体の枕漁りをやっていたのだろう。自分向けに何か特別な遺産が用意されていないか物色していたのだと思う。残念ながら母が倒れてからは我が家の資産管理は私がやっているのでそんなものはない。
続いて姉が到着した。母の顔を見て一言。
「こんなの母さんじゃない」
それはそうだろう。最後に母を見たのは三か月前だからね。麻薬の夢の中でのほぼ餓死に近い死だ。毎日見ていた私には違いが判らないが久しぶりならそういうものだろう。
それを嘆くならもっと足しげく通えばよい。三万円と一日で広島との間で一往復できるのだから。
人は親が死んだ後に泣く。それが一番安くて楽な親孝行だから。
そういう行為には反吐が出る。
呆れたことに兄は一時間で帰った。また浅草見物だろう。
「俺はいま失業していて何もできんからね」
それを何度も何度も繰り返しながら、そそくさと消える。葬儀費用を助けてくれと言われるのを恐れてだ。
兄はド外れた吝嗇である。
だいたい私だって介護のために仕事を辞めているのだ。
失業していたならばたまにはこちらに何日か泊まって介護を手伝うべきだったろうに。
本当に情けない兄だった。
後にこの兄は母のお別れ会を開くことを拒否し、一人連絡を絶つ。
そのための費用はこちらで出すと言っておいたのだが、それが信じられなかったようだ。
「わしゃあ、〇〇家の頭領じゃけえの」
傲然と言い放った。母の介護一つ手伝いもせずに何が頭領か。
姉は焼き場での骨上げが終わると言った。
「母さんは私に600万円あげるって言っていたよ!」
おいおい。
確かに母は最初はそう言っていたのだろう。だが闘病中の姉の行動を見て考えを変えた。最後には自分が貯めた600万円はお前が取りなさいと私に言った。
だが私はそのすべてを母の介護に惜しみなく使った。さらに会社を辞めたことによる生活費も加算すると、この九カ月に使った総額は800万円にもなる。
結局は自分の貯金からの持ち出しが200万円に達したわけで、姉に上げる金なんざ残ってはいないのだ。
だが人間は親からもらう金額でその愛を測る。冷たい母だったなどと言わせないために、600万を三等分した200万円を姉に払うことにする。無論、自分の貯金からだ。
ただの一度も介護を手伝わず、ただの一度も支援しなかった人たちがこれだ。これが自分の兄弟とは頭が痛くなる。
前々からうるさく言っておいたのだが、結局母は自分が死んだ後の連絡先を残していなかった。手帳を見つけてそこに書かれている電話番号を片っ端から当たる。
母が若かりし頃の知り合いの電話番号を見つける。
電話をかけてみると、母の名前に心当たりがないと亜電話先のお爺さんは答えた。
この人は外科医さんだ。若い母が盲腸炎になったとき無理を言って手術の担当医になったという話を聞いたことがある。そうすれば堂々と好きな女の下半身を見ることができるからだろう。本当に好きなら手術はもっと腕のある中堅どころに任せるものだ。
そこまでやりながら、歳を取れば相手の名前すら忘れる。
なんとも人の心は虚しいものだ。
すべての熱情は忘れ去られる。
歳を取ると中身は空っぽになる。
こうなると人は何のために生きているのだろう?
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