第18話 介護生活
母の介護をする生活が始まった。
フルリモートで仕事をし、その傍らで介護をするのだ。
最初は週に3回介護補助の人が来たが、病状の進行にとても追いつかないのでお金を出して週に五日二時間来てもらうことにした。
医療制度からも巡回看護婦が来て、一日1回1時間のケアをしてくれる。
その間に買い物に行ったり、場合によっては会社に出かけたりする。
介護の補助に月20万追加で払った。1か月の人件費が80だから一日2時間なら20となる。往復の時間を考えるとだいたいこのぐらいが相場だ。
腹水が溜まって入院3週間。大部屋が空いていなかったので個室の差額ベッド代が一日2万円で合計42万円。
トイレに行くだけの力が無くなったので室内用水洗便器10万。届くのが間に合わなかったので携帯便器に2万。これは一日で用済となったのでそのまま粗大ごみで捨てる。
まさにお金に羽が生えるとはこのことだ。
ウチには母の子供があと二人いたはずだがと不思議に思う。
兄は三か月に一度電話をかけて来る。姉は一カ月に一度電話をかけて来る。
電話が来たときに、いま母に電話を替わるからと言うと、そこまでしなくていいと返って来る。
ではこの電話は何のためにかけてきた。親がいつ死ぬか測っているつもりなのか?
お前たちの血の色は何色だ。そう思いながらも強引に電話を母に渡す。
この会話は母には聞かせない。でなければあまりにも母が可哀そうだ。
この兄弟たちは遠くに住んているので手伝えないのは分かるが、一円の援助も無かったのには呆れた。一万円でも送りつけて来てこれで母さんに何か美味しい物でも食べさせてくれ・・というのが何故できない?
雇った介護の人はやがてエース級の人から仕事ができない人間に切り替わった。
そのできない人が仕事中に助けてくださいとこちらに言いに来る。見てみると母を着替えさせようとして途中でどうにもならなくなったようだ。
暑そうにしていたので着替えさせようとしたと言い訳する。着替えなら午前中に看護婦さんたちがやってくれたのですが?
膝関節炎で曲がらない膝をお湯で温めて曲げ、何とかパジャマを着替えさせる。
勘の働かない者が介護という職につくと、患者が物凄く苦しむ羽目になる。
体力的にも段々介護の負担は増える。
最終的には2時間以上連続して寝ることはできなくなった。もう上手く喋られないので、母の病床の横に眠り、何か音がしたら起きるのだ。
体に力が入らない。
立ち上がるのに十ほど数えて息を整えねばならなくなった。自分が極限まで追い込まれているのを感じる。
それを見て母がいい加減仕事を辞めなさいと言う。
いやいやいやいや。一年間タダ働きをしてやっと手に入った仕事なのにそれを捨てろと?
だが実際に体力的に無理だし、何より私の人生よりも母が優先だ。私がここで倒れたら、いや死にでもしたら、もう後は地獄絵図だ。
介護のため仕事をあとひと月で辞める旨を伝える。
M部長が引継ぎを用意してくれないなと思っていたら、退職の日に言われた。
「代わりが見つからないのでこれからも仕事は続けてくれるか?」
いや、だから介護があるんですって。だから辞めるのに仕事ができるわけなかろう。馬鹿だね、この人は。
そういえばこの前のサーバーの事件もひどかったな。
「サーバーが14日毎にリセットされてしまうんです」
そう言われたときだ。調べるとこのサーバーは暴走を防ぐために14日毎に自動リセットされる仕様になっているのだ。受け側はそれを想定に入れて接続追尾を組み込む必要がある。
このことを告げると、次の週にもまた同じセリフだ。
「サーバーがリセットされるんです」
「だからあ・・」また説明する。
これが3回ほど続いた。
最後の会議でM部長は高らかに宣言した。
「わかりました。サーバーが自動でリセットしていたんです」
お前、人の言うこと聞いていないだろ?
・・その通りだった。
世の中には頭の回転が悪いというよりは、知性そのものに欠陥がある人間がときたま存在する。
次の日から鬼のようにメールが来た。
「まだですか。まだできませんか?」
いや、だから仕事を続けるって、次の引継ぎの人からの質問を受けるとかそういう軽い仕事でしょ?
まさかお金も払わずになし崩しでフルタイム働けとでも言うのか?
堪らない。いい加減にしろ。どこまで貧乏人に甘える。
そこで一計を案じた。
頑張って一カ月間真面目に働く。それから半カ月分の代金を請求する。
たちまちにしてN社長から電話が来た。
請求が来ているがどういうことかと。そこでこれこれこういうことです。一応半額にしています。そう伝えた。
その日を境にパタリとM部長のメールは途絶えた。やはりM部長の勝手な行動であったのだ。
半カ月分の作業代金は振り込まれていた。
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