第17話 晴天の霹靂


 母親が熱を出して寝込んだ。

 渋る母の要請を無視して救急車を呼ぶ。

 以前あくまでもタクシーを使うことを主張され、そのまま病院の待合室で二時間待たされた。たまたま通りかかった顔見知りの眼医者さんがソファの上に倒れ込んでいる母に気づき、何とか診察して貰えたという経緯がある。

 そのときお前は何もしなかったと母には責められたので、今回は意趣返しに問答無用で救急車である。

 すんなりと診察して貰え、そのまま入院となり、次の日にはまた別の病院に救急車で転院となった。

 腫瘍マーカーが出てしまったのだ。

 次の日には診断が出た。3Bの肺ガン。つまり末期ガンである。

 半年前には和歌山の肝臓治療で有名な病院に入院していたから、そこから半年で肺ガンはここまで育ったことになる。

 余命半年。

 手術しても余命は変わりませんと聞き、諦める。抗がん剤は母が断った。


 兄と姉に連絡を取ると二人して広島から飛んで来た。

 やはり子供なんだね。母親が死ぬとなれば真剣になる。思わず涙ぐむ。

 母の顔を見ると、兄は一時間で帰った。


 ・・え? 積る話をするんじゃないのかい。

 兄はフーテンの寅さんのファンである。この機に浅草に遊びに行ったようだ。

 俺は大学なんかには行きたくないんだ、お前が土下座して頼むから大学に行ってやるんだ。そう言って母を責め、卒業してからは二年もニートをして苦しめ続けたクソ野郎のこれが恩返しである。


 姉はうるさい旦那から離れられての自由の満喫である。

 母から頼まれたCDプレーヤーの調達もそんなものはいつでもいいじゃんと放置し、そのため代わりに私が責められた。自分のことはどうでもいいのかと怒られたのだ。

 何があっても必ず私が文句を言われるのはどうしてだろう?

 最後は旦那がうるさいから帰るねと一緒に連れて来ていたニートの息子を放り出してさっさと広島に帰ってしまった。

 つまり最初から邪魔なニートの息子を捨てに来たのだ。祖母が死んでいく姿を見せれば馬鹿息子が行いを改めるとでも思っていたのだろう。


 仕方がないのでニートの息子には独立資金を百万ほど渡し、こちらで仕事を探させた。

 このお金は母と私が乏しい給与と年金からこの子のために少しづつ積み立てたものである。

 彼は仕事が見つかったよと報告し、その前に免許の更新をしに一度広島に帰ると言ってそのままバックレた。

 三か月後、パチンコですべてを使い果たして再び姉の下に現れるとなんだかんだと言い訳をしながらまたニート生活に戻った。

 ここまでで新たな登場人物すべてがクソ野郎である。

 子煩悩な母であった。女手一つで子供三人をすべて大学出にした結果がこれである。

 なんとこの世は惨いことか。


 母は退院すると言った。

「ウチで死にたい」

 その一言で、私の今後の生活は決定した。

 炊事というものが一切できない私の奮闘が始まった。


 病院からケアマネとの話に呼ばれた。

 これから死ぬまでの介護に使えるお金の金額を教えて欲しいと。

「五百万ぐらいです。それと介護はウチでやることにします」

 これを聞いてケアマネの顔に明らかにほっとした表情が浮かぶ。

 それを見て終末期医療用の介護施設は空きがないのだなと感じた。

 代わりに住居の近くの終末期医療専門の医院の電話番号を教えてもらう。


 姉から電話があった。

 広島の終末期医療用介護施設の予約を取ったというのだ。

「こっちにくれば毎日でも旦那連れて顔見せにいけるからね」

 これに母親が泣いた。母親は姉の旦那が大嫌いなのである。

「あんなのの顔を毎日見るぐらいならいっそ今ここで殺しておくれ」

 無茶を言う。

 どのみち面倒になれば姉は施設には顔を出さなくなるだろう。恋人から子犬をもらったときも、離婚した元旦那への当てつけに子猫を衝動買いしたときも、面倒は他に丸投げした人だ。どうなるかは予想がつく。

 当然これは断った。


 実は介護している当時のことはあまり覚えていない。

 それほどまでに辛かったのだ。

 介護というものはただひたすらに命を削る仕事である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る