第16話 嵐の前の静けさ
継続雇用は有難い。
壊滅的だった貯金が少しづつ戻り始めた。ぶらぶら揺れていた首吊りロープが少しづつ遠くなり始める。
こういった状況はサラリーマンでも同じなのだが、サラリーマンは会社というものの影に隠れてロープが見えることはない。その点では個人事業主というモノはいつもストレスマックスである。
一国一城の主とは言うが、実態は掘っ立て小屋の主である。
前の会社で作った貯金をこの会社のためにすっかりと吐き出してしまった。少しは取り戻させて貰っても罰は当たらぬぞ。
今度の仕事は人間の出入りをカウントする機械の開発だ。もちろんネットワークに繋いで報告するっところまでセットだ。
ベースはLinux。
ファーム系のOSには、ノンOS(つまりOS無し)、WinCE、Linuxなどがある。
Linuxは今の世代のwindowsに慣れた人間にはとっつき難いが、組み込むのにお金を取らないので良く使われている。
昔Unixを使っていた時代があるので別に苦にはならない。というか大概の言語・環境の差は私には問題にならない。言語間の違いは表面的なもので根本的な動作はどれも同じだ。
今まで色々やってきた結果、私はもし無人島にツールと共に放り込まれても、CPUや外部制御チップを作り上げ、基板を組み立て、OSを作り、その上にゲームを組み込んで遊ぶところまでを一人でやることができる。
もっともゲームが完成するよりも前に救助隊が来るだろうけど。
不思議なことにこの会社は、作業を続けているとグループの人間が次々と欠けて行くという特徴がある。
辞めたり、逃げたり、転職したりである。
最初は三人いたウチのグループも最後は私一人になってしまった。それにも関わらず最初に立てた工程は変わらずである。
・・おい。
たまらずに上司のM部長に申し入れる。締め切りは7月でしたが、8月に伸ばせないかと。
お客さんに相談して来ると言って出て行ったM部長は帰って来ると声高らかに宣言した。
「締め切りは6月になりました」
偉いぞ。M部長。締め切りを変えて貰えたんだ。
・・なに?
6月? 8月じゃなくて?
一カ月延ばしてくれと頼んだのに、どうして一カ月縮めて来るんだこのドアホは。
どうやって工数を短くするんですかと詰め寄ったが、M部長は困った顔をするだけで何も答えない。
「しかたない。できるだけやって見ますができるとは保証しませんからね」
そう答えて会議を終える。
これはもうどうやっても間に合わないなと思った。会話するだけ無駄なケースだ。例え人員を増やしたとしてもここまで切迫していればむしろ足手まといにしかならない。
もちろん保証はしない。私は自分の言葉を守る。だからここでできるとは絶対に言わない。
結局最後にはお客さんは激怒し、ウチとの信頼関係がどうのこうのと言ってきたようだが私は知らない。できないものはできないのだ。
ここでの仕事は半分は自宅作業だった。
あるときこのM部長が打ち合わせにウチまで来た。
資料の入ったUSBチップを差し出す。
パソコンに突っ込んでみると、今まで一度も見たことのない警告が出た。
『トロイの木馬ウイルスを検知しました』
M部長が慌てて、言い訳をする。
「以前ウチで流行ったウイルスがまだ残っていたようです」
いやいやいやいや。こちらがワクチンソフト入れていなかったらいったいどうなったことか。
ウイルスが流行るなんて会社としての管理体制どうなっているの。というか職場のパソコンにワクチンソフト一つ入れていないんですか、あなた方は。
びっくりである。
N社長が会話のついでにポロリと漏らす。
もう会社としての業務を縮小しようかな。ウチは仕事紹介システムを持っていて、会費収入だけでも月80万円は入るんだよね。もっとも毎月やっている飲み会に参加しないと仕事は手に入らない仕組みなんだけど。
聞かなかったことにした。
つまり飲み会に出なかった会社は会費だけ取られてメリットというものは一切ない。
それは詐欺にあたるし、そんなことが続けられるわけもないというのが分からないのだろうか?
そんなこんなで平和な日々が続いた。
好事魔多し。
この頃、母に末期ガンが見つかった。
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