第15話 恐るべき役人たち
やっと仕事が終わった。
入手できた作業代金は100万円。それに要した時間はほぼ一年。終わりなきタダ働きにただ働きタダ働きだった。
このままでは飢えて死ぬ。
仕掛かりのプロジェクトを放り出すのが嫌だった。技術者の誇りだ。それを大事にしたために困ったことになってしまった。
さあどこかマトモに金をくれるところに行こうと机を片付けていたら、N社長に呼ばれた。
月60で専属をやってくれとの話だ。
一年タダ働きしてやっとかと思った。
もちろんOKの返事を出す。もう家の窓のすぐ外にまで首吊りロープが来ている。嫌も応もない。
こうしてまた新しい仕事が始まった。
前の仕事はリリース段階だ。客先へ納品される一歩手前なので、もうこちらが関わることはない。
だがそこでトラブルが起きた。
相手の会社の窓口がやり手と噂の鬼に変わったのだ。
その鬼が目をつけたのは一枚のメモ。
このプロジェクトはクソTと向こうの担当者のどちらも失踪している。両者の間でどんな取り決めになっていたのかが伺えるのはメモ書き程度の紙が数枚あるだけだ。
そのメモに書かれていた数値に難をつけてきたのだ。
何の説明もない数値が一つ。それは基板の上に載せる電子チップ群の最大消費電力の総和と一致した。
ただそれだけのメモだ。恐らくは実行時電力の概算に使ったもの。
ところがこの鬼は次のように主張をしたのだ。
「これはシステム全体の最大消費電力を示すものだ。実計測電力はこれ以下でなくてはいけない」
技術者なら分かるがこれは不可能である。
基板上のチップが使用する電力は基板の電力と決してイコールにはならない。
配線も回路もリーク電流というものが必ずあるからだ。
電気は水とよく似た挙動をするのでそれに例えよう。
水道配管に流し込む水とそこから出て来る水の量は同じにはならない。実際には配管の継ぎ目から水が漏れるからだ。
電子回路もまた同じである。
だがお客さんは横車を押す。
これに応えようとハード部隊はあらゆる努力をした。回路を工夫し改造し極力までリーク電力を削る。時間はどんどん経過する。それでも相手の担当は絶対に引かない。
ついにはハード部隊は測定時に巨大アルミニウム板の上に基板を置くことで電源の揺れを相殺するという荒業で試験をパスして見せた。
すると鬼の担当者は最後の宝刀を取り出して来た。
締め切り超過に対するペナルティを言い出して来たのだ。
締め切りが超過したのは相手の無茶苦茶な要求の結果なのだが、それがすべてこちらが悪いとしてきたのだ。
ヤクザ顔負けの因縁の付け方である。これが遣り手と評判の人間の手口である。
結局この仕事は実際にかかった金額が五千万円、貰えた金額が二千万円という結果になった。大赤字どころの話ではない。
これではお客さまではなく強盗である。(それはうちに取ってのこの会社も同じようなものだが)
半官半民の会社はタチが悪い。それに関わると会社は潰れる。
なるほど同じ県下では仕事を受けるところが無くなるわけだ。仕事を受けた会社は悉く潰れているのであろう。
少し後に向こうの技術者からこっそりとメールが来ていた。
「同じ変数を二度読んで比較していますがこれはどうしてですか?」
あらら、ファームを触る癖に異なる実行レベル間のアービトレーション措置も理解していないんだ。これはソフトプログラマとファームプログラマの違いである。
通常のソフトに比べてファームというものは十倍は難しい。制約がものすごく多い上にハードに対する理解がないと正しく扱うことができない。まるで両手両足を縛ってボクシングをさせられるようなものだ。プログラマとしては一番ひどい扱いをされる割には一番稼げない分野でもある。
しかしこれだけのことをしておいてなおかつ相手の助けを期待するとは凄い根性だ。上の騒ぎは下っ端の技術者には関係ないことではあるが、それでも限度というものがあろうに。
このときまでN社長の会社は年度ごとに資本金が倍になっていた。
それがクソTに関わったことで倒産寸前に追い込まれてしまったのだ。
このことから真に会社を支えているのがビジネスモデルなどではなく、人そのものであることがよく分かる。
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