第14話 徹夜のボランティア

 二週間に一度、N社長は客先に報告に行く。

 プロジェクトリーダーが一切仕事を進めないので、毎回ただひたすらに謝るだけだ。


 会社固有の技術系社員を確保せずにほぼ全員フリーの契約社員だけで運営することの弊害がこれである。

 誰も責任を負わないのでプロジェクトはマトモに進まない。個々人のモチベーションが上がらないのだ。

 さらには契約社員たちに客先に提出する見積もりをそのまま書かせる。すると契約社員への払いが月60なのに客先への請求は月120というのが目に見えて、契約社員の士気が各段に落ちるのだ。(月60の人件費は手取り30万に相当する。現在はもっと引かれる分が増えたので25万程度)

 自分がいかに苦労しようが儲かるのは会社だけじゃないかという思いがその根底にある。

 人間の反応を計算に入れない人事のビジネスモデル。破綻するのは当然である。


 成果の無い報告が何週も続き、N社長が根を上げた。

「明日納品で、今日は徹夜なのだけど、手伝って貰えますか」

 とんでもないことを言ってきた。もちろん呆れたことにタダ働きだ。

 今なら即座に断るが、当時は次の仕事を貰わなくてはいけない弱みがある。しぶしぶと引き受けた。こういう相手の足下を見ることができるときに金を毟り取れるような人間だけがフリーランスに向くのだと思う。

 まさにこの世は非常識の塊。

「ではUSBのポーティングをやってください」

 もう何週間も動作していないUSBモジュールを組み込めだって?

 それも明日の朝までの10時間以内に。

 そりゃ無理だろ。そう思いながらも資料を覗く。

 英語のUSBポーティングマニュアルだ。

「日本語マニュアルはないんですか?」

 この状況にも関わらず、夜の10時から殿様出勤してきたリーダーに聞く。

「英語読めないの?」

 そう言いながら横に座って英語をたどたどしく翻訳し始めた。

 馬鹿かお前は? 思わずそう言いそうになった口を閉じる。

 熟練技術者ならば当然英語は読める。チップのマニュアルなどは英語のものしかないからだ。英語が読めなければそもそも仕事ができない。

 だが日本語マニュアルがあれば3倍の速度で読める。朝まで時間がないのだ。この差は大きい。

 結局この人は朝までに進捗があるとは思っておらず、ただ仕事をしたくないがためにそういう態度に出ているのだ。

 一人でできますからと追い返すと、ぶつぶつ言いながら自分の席に戻って仕事のフリを始める。

 その横にN社長が座って、リーダーの横顔をじっと睨んでいる。

 リーダーの自業自得とは言え、最悪だ。


 USBの外部信号線は三本しかない。ポートの極性を設定し、他に衝突している信号がないかを確かめる。次は割込みだ。割り込みレベルと極性を設定し、ハンドラを組み込み、指定の関数にジャンプさせる。最後がスリープ時のポート封鎖処理だ。

 よし、これでできたはずだ。ここまで所要時間は三時間。残り七時間。

 手持ちのUSBメモリを差し込む。

 ファイルシステム応答無し。

 うん、やはり動かないね。

 もう一度ソースコードに目を通し、抜けているところがないかを探す。

 USBメモリを抜き・・あれ、どうしてこんなに熱いんだ?

 システムが熱すぎることの大半はショートだ。回路図を貰ってUSB周りの極性を調べる。間違ってはいないな。

 ポートに直接オシロを当てる。

 信じられない。電源の極性が・・逆さだ・・。

 リーダーに報告した。

「以前に極性が逆になっていた基板が混在していたようだね。全部直したと思っていたのだけど」

 呆れた。この人の管理は無茶苦茶だ。そりゃ一日実働2時間では管理まで手が回るわけがない。

 正常基板を貰って、もう一度手持ちのUSBメモリで試す。

 ・・うん、動くね。

 ついでに試験用に使っていたUSBメモリ5個も試す。

 ・・うん、どれも動かない。


 これでUSBポーティングが進まなかった理由が分かった。

 まず最初に極性逆のハード基板でUSBメモリを試す。その時点で逆電圧をかけられたUSBメモリが全部焼け死ぬ。その後は正常基板に変えられても、まさかUSBメモリが全滅していると気付かない作業者はあらゆる無駄な努力をして叫ぶのだ。

「駄目だ、動かない!」

 大笑い。なんという自爆トラップ。


 はいできましたよと社長に渡す。

 社長が言った。

「ああ、あなたが神様に見える」

 そのまま報告書に朗報ですと書き込み始めた。

 そりゃタダで問題を解決してくれるんだ。神様に違いない。

 その神様はお金がなくて首吊り寸前なんだがね。


 朝が来た。これで家に帰れると喜んでいたら、社長が全員を車に乗せた。

 これから客先に報告に行きます。

 あの~、私を引きずりこまないでください。

 抗議虚しくそのまま千葉までドライブに連れていかれた。

 朝飯に高級ソバを食わせてくれたのが唯一の救いか。


 帰りの高速に乗った所で、N社長は運転している車のハンドルの上にノートパソコンを広げてキーを打ち始めた。

 スマホながら運転どころの騒ぎじゃない。

 ・・死にたいのか、あんた?

「大丈夫だから」

「大丈夫じゃないです」

 何としても止める。社長はしぶしぶパソコンを仕舞って運転に専念する。

 タダ働きで徹夜させられてその上で事故に巻き込まれて死んだら、本当に私が馬鹿みたいじゃないか。


 水に溺れる人間には近づくものじゃない。私はお人好しが過ぎる。

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