第13話 労働者たち
この会社も大勢の人間が出入りする。
プロジェクトのコードの一部を書いていた東大出身が売りのメガネ男。
この男も自分の担当部分の設計書を書かなかった。
書いてくださいと依頼して二週間放置された。
どうして書かないのかと訊くと一言。
「設計書に自分の書くスペースがない」
呆れた。流石に東大生。こんな言い訳が通用すると思うほど頭が幼稚なのだ。試験は人一倍できるが仕事は欠片もできない東大出身者はこれで二人目だ。今までに出会った三人中二人が与太郎とは呆れかえった話である。これでいながら日本は東大信仰に溢れているのだから笑ってしまう。
設計書はワードで記述されている。自分のコーナーが無ければ追加すれば済むことなのだ。
もういいと放置して代わりに自分で記述する。
そのために彼の書いたコードを読む。
二重関数アドレスジャンプで構築していた。構文としては正しいが無駄に複雑なだけのコードだ。
この構造が役に立つのは今後数十という関数が追加される場合のみだ。この仕事は運用的に今後は関数の追加はなく、現状態でもわずかに3つの関数しか組み込まれていない。
switch-case文でさらりと書けば済むことなんだ。簡単すぎて仕事とさえ言えない。
そんな簡単なものを複雑なものに変えて喜んでいる。コードはこの部分で気楽に読めるものでなくなっている。つまりプロのプログラムにおける最大の優先事項『可読性』が最悪なのだ。
自分が賢いと思い込んでいる馬鹿。
これが東大出というものであった。
*
アハハKは営業の人だ。
千葉への営業に付き合わされる。片道2000円の電車代は自腹だ。
話が決まれば当然こちらに仕事を振ってくれるだろうなと我慢する。
モノは半導体製造装置の制御だ。
「絶対にバグが無いようにしてください」
お客さんのその一言で見積もり金額を三倍にする。バグが無いプログラムは原理的に作ることができない。バグを減らすためにはテスト人員を三倍にするしかない。だからこの一言を実現するためには工賃が跳ね上がる。
実際にラインに組み込まれた状態でバグが出てシステムが停止すれば一日数百万円単位で損害が出る。だからこの措置は間違いではない。本来かかるべき予算を削ったりすれば、どこかの銀行の統合システムの二の舞になってしまう。
もう一度相手先に呼び出された。値引きの交渉だ。
値引きすれば、この会社は大赤字になる。私にはその権限はない。
結局、失注した。二日の時間と一万円の足代はこちらの損失だ。私を引っ張り出したアハハKの分は会社から出ているのに。
いい加減にして欲しい。また赤字か。
最近では首吊りロープが目の隅でちらちらしているので気が気じゃない。
憂鬱な気分で会社へ帰社していると隣のアハハKが話し始めた。
自分の知り合いに君と同じくファーム屋がいる。ある日覚醒してそれ以来一切バグを出さなくなった。そう自慢する。
へ~、その人はきっと恐ろしく簡単な仕事か、期日に余裕のある仕事しかしてこなかったのだね。そう思った。私もたまにはそんな簡単な仕事をしてみたい。
それにだ・・ほぼボランティアで仕事を片付けている私に向かって、そうやってお前はできない人間なんだぞとディスることに何の意味がある?
私がヘソを曲げて、じゃあこの仕事はそいつに頼めばいいんじゃないかと放りだしたらどうなるのだろう?
そんな事態になってこの人に何の得がある?
わずかでもマウントを取ってご自分の嗜虐性を満足させることなどただの虚しい行為だと何故分からない?
この手の人間は営業に多い。相手を馬鹿にした言動を気さくな会話と勘違いしている輩だ。それで相手が激怒したらそんなつもりじゃなかったと言い訳すればよいと考えている。
男同士の付き合いは一度でも相手を怒らせたらそこで終わる。一度できた敵は永遠に敵なのだ。
結局このアハハKは最後には仕事から逃げ出して消えた。
もう少し資本金があれば彼は逃げなかっただろうにとN社長が悔しがっていたが、この人もだいぶんずれた人である。
そんな人間が周囲にぶら下がっていることを恐れなければならないのに。
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