第12話 怪しい新人
この会社にも新人が入った。
一目見ただけでこれはヤバイと感じさせる男だった。
彼は一日何もせず椅子に座って前を見つめている。
電話がかかって来ると、それを取る。彼の声は大きい。
「〇〇さんをお願いします」
「〇〇さんですか。私はご存じ上げていませんが、もしかしたら誰かが〇〇さんをご存じ上げているかもしれません。訊ねてみます」
文字通りこういう応答をした。周囲の皆が唖然としている。
電話が済むとまた前を向いて、何もしない。
ちょっと教えてやろうと思って、お節介にも話かけてみる。
「RS232Cについて教えてやろう。この通信規格は広く使われているがケーブルにはストレートとクロスがあり、おまけにオスメスがばらばらだ。おまけにケーブルの型番だけではこれらが判別できないぐらいに規格が混乱している」
本当にこの型番の混乱には泣かされるのだ。型番を聞いてそれにあったケーブルを持って現場に行くと、接続できないのだ。そうなると一からの出直しとなる。
彼は無言でこちらの話を聞いている。
「こういった事態にどうやって対応すればいいか分かるか?」
彼は返事をする代わりに、また机に戻って前に向き直ると無言の姿勢に戻った。
あ、こりゃ駄目だ。わざわざノウハウを教えてくれる相手を無視しやがった。
普通の人間の反応ではない。
それ以降は彼を放置した。
ちなみにこの答は、オスオス変換コネクタ、メスメス変換コネクタ、リバースコネクタの三つをセットにしてポケットに入れておくこと。これでどんな手違いがあってもRS232Cは接続可能になる。コネクタ3つ揃えても100円ライターほどの大きさにしかならないのがミソだ。
ちょっとした役に立つノウハウだ。
そして彼はこの知識を手に入れるのに失敗した。
トイレで便器にしゃがみ込む。
ドアを開けて小便器の方に誰かが向かった。呟き声からして変な新人君だ。
「ショート! ショート! ショート!」
小便をしながら叫び始めた。いったい何がショートなのか?
電源がショート?
自分のナニがショート?
「ショオオオトォォォォォォ!」と最後にもう一叫び。
終わって出しなに一言付け加えた。
「失礼しました」
ここまで狂っているとは・・。出るものも出なくなった。
トイレの扉は有難い。恐ろしいモノとの間に立ちはだかってくれる。
一カ月が経ち、試用期間が終わると彼は首になった。
部長が退職書類にサインを求めると彼は泣いた。
「ボクはどうすればクビにならずに済みますか。何をやればいいんですか?」
そう泣きながら叫んだ。
完全に手遅れだ。一カ月の間、電話の応対も一切進歩しなかったし、勉強もしなかった。ただ机の前に座って前を向いていただけで過ごしたのだ。
最後には部長に促されてしぶしぶとサインをした。
「それでこれからどんな仕事をするつもりなんだ?」と部長が訊く。
「僕は技術者が好きなので、技術者を続けたいと思います」
その返事に部長が仰け反った。
「なに? まだ技術者をやるつもりなのか? キミは」
技術系の会社に在籍して机に座っているだけで技術者になれるほど、この世は甘くない。
本当にド外れた新人であった。ちなみに彼を採用したのはオタク好きの社長である。
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