第10話 新しい地獄
さすがにここの社長も悪いと思ったのか、ようやく新しい仕事が貰えた。
こんどの仕事もTのクソ野郎が途中で放り出した仕事だ。
仕事先は千葉にある半官半民の地質調査会社だ。
このときはまだ半官半民の会社が完全民間の会社より遥かに質が悪いことは知らなかった。わざわざ県を二つも跨いで仕事が来ているということは、恐らく千葉ではもうここの会社の仕事を受ける会社が無くなったいたのではないか。後でそう考えるようになった。
さて、この仕事。奇妙なことにクソTが失踪したのとほぼ同じ頃に相手側の担当者もなぜか失踪していた。二人して北京に愛の逃避行というわけでもなかろうに。
そのためプロジェクトの内容は書き残されていたいい加減なメモだけで行われることになった。
私が担当することになった部分はCAN通信に関する部分だ。
CAN通信は車の内部制御を念頭において作られた通信規格に端を発している。これを実現するためにCANチップなるものが開発されて発売されている。このチップの制御プログラムを作るのが仕事だ。
期間は一カ月。60万円のお仕事。
この半年の収益40万円。なんとか取り戻さないと首を吊る羽目になるのでこちらも必死だ。
もちろんさほど苦労することもなくプログラムは上がり、テストも済ませる。
ところが毎週一回客先との会議があるのだがそのたびに、担当営業のアハハKがやってくるとCAN周りの仕様を勝手に増やして来るのだ。
これには理由があった。このプロジェクトに関わっている技術者の中で設計書をまともに書いているのが私だけであったのだ。そのため客先との会合でアハハKが主に解説する部分がCAN周りとなり、その結果お客さんのその部分の要望がどんどん膨らんで行ったのだ。
しかも仕様が膨らんだ部分は追加工賃無しでこちらに押しつけて来る。
全部追加工数を要求すればよかったのだと今にして思う。
お陰でまたもや赤字仕事だ。自分がフリーランスに全然向いていないのが良く分かる。
CANチップのアクセス→バースト転送機能追加→長大分割転送機能リトライ補正付追加
とどんどん内容が膨らむ。
それに合わせてテスト用のプログラムをVisualStudioというマイクロソフトのプラットフォームを使ってC#言語を使って作り上げる。
社長がこのソフトを覗き込み一言。
「素晴らしい。これなら五百万円は取れる」
・・いや、それをタダ働きで作らされている私の前で言うことじゃないでしょ。この人は。
こっちは近づいて来る首吊りロープ睨みながら仕事しとんやぞ。
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