第5話 母の公然の秘密

 翌日はスッキリと目覚め、お昼前にお兄様の婚約者であるブランシュ・ウィラー子爵令嬢を迎える準備を進める。

 と言っても、既に良く知ってる間柄なのでデイドレスではなく、華やかなお出かけ用のワンピースにする。小花の柄のクリーム色のワンピースはピンクブロンドの髪と良く合うのでお気に入りだ。


「うん、これならいいわね」

「ええ、適度にお洒落で身内の集まりとして失礼もないかと。

 ブランシュ様より頂きましたレースのリボンとも良くお似合いです。流石ブランシュとですね」

「本当に、ブランシュ様のセンスに間違いないわ」


 ブランシュ様の子爵家は商会を経営しているので流行りに敏感かつ、ブランシュ様自身とてもセンスが良くいつもお洒落にされている。

 またグラース男爵家は領地は小さいものの、金属加工を特産とする領地のため、ブランシュ様のセンスやアイデアに既にとても助けられている上、本人が望んで広告塔にもなってくれる得難い方だ。


 お茶会で出会って一目惚れ、ブランシュ様と見事婚約したお兄様、偉い。

 義姉になる方としてもリリアナを可愛がってくれ、「リリアナは可愛いのだから」とより良く見せるテクニックや、「似合う物を見つけたのよ」とお土産を良く貰ってしまう。

 お茶会なども2人でお揃いコーディネートで参加する事も度々あり、お兄様が嫉妬する事があるくらいには仲良くさせていただいている。


 ただ、1つだけブランシュ様の怖い所がある。

 それは私や兄、ジャスティンなど、ブランシュ様が大事にしている人が傷つけられた時の怒りぶりと報復が激し過ぎて・・・。


 まして私は、妹が欲しかったブランシュ様のドストライクなのだそうだ。それはもう可愛がっていただいている上、自分の大事なものを傷付ける者には容赦のない一面があるブランシュ様の、出会ってから今現在に至るまで彼女の逆鱗は私なのである。

 更に商会を営んでいるせいか、非常に情報が早く、ブランシュ様に隠し事は出来ない。

 たまに、ブランシュ様は一体何者なのだろうかと思うが、世の中聞かない方がいい事もあるので、気にしないようにしてる!フラグじゃないから、知りたくないから!!


「お嬢様、ブランシュ様がいらっしゃる時間なのでお迎えの準備をしましょう」

「そうね、ブランシュ様は時間にきっちりされてるものね」


 アンと共に玄関に着くのと、ブランシュ様の到着はほぼ同時だった。

 ブランシュ様の乗っている馬車が玄関前に止まると同時に扉がバーン!!と凄い勢いで開いたと思ったら、衝撃と共ぎゅうぎゅうときつく抱きしめられていた。・・・苦しい、い、息が・・・。


「リリ!リリ!! 熱は?もう大丈夫なのですか?!」

「ブランシュ様!お嬢様が死んでしまいます!腕をお緩め下さい!!

 お嬢様!!お気をしっかり!!」


 ブランシュ様、お元気だなぁと気が遠くなる私の耳にブランシュ様の声とアンの悲鳴が聞こえる。

 もうダメかもしれないと諦めかけた時、お兄様がようやく助けてくらた。


「ルーシュ、流石に力を緩めないとリリアナが死んでしまうよ?」

「まあ、ジャン!良かったわ止めてくれて、ごめんなさい、リリ」


 お兄様の声でブランシュ様はハッとして、私をアンに渡して下さった。

 本当に生命の危機を感じた・・・。


 もう少し早く声をかけてよね、とお兄様の方を見ると既に2人はイチャイチャしてた。

 羨ましい位に仲睦まじいお兄様とブランシュ様の様子に、私は何をしてるんだろう?と気持ち目が遠くなり、アンと部屋に帰ろうかと目配せをしていた事がバレた。


「あら、リリ?わたくしとのランチはお預けですの?」

「ま、まさか・・・ おふたりのお邪魔をしないように先にガゼボに向かおうと思っただけですわ」

「ふぅん?まあ、今回はいいでしょう。

 リリとは学年が違って全然学園で会えなかったんですもの、様子を色々きかせてね?」

「もちろんですわ」


 中庭のガゼボには既に使用人がワゴンに軽食やプチガトーなどが用意されている。

 私たち3人が席に着くと、侍女のアンが冷たいフルーツティーを出してくれる。


「まあ、色鮮やかで美味しいわ」

「ブランシュ様のお口にあったようで良かったですわ。

 今日は葡萄とオレンジのフルーツティーを用意しましたの」

「ええ、とても飲みやすい。最近は暑いから爽やかでいいわね」


 ブランシュ様に褒められたなら間違いない!恐らくメイドたちをこっそり喜んでいるだろう。

 しばらく取り留めのない話をしつつ、お兄様とブランシュ様がアーンとかしているのを遠い目で眺めつつ、穏やかな時間が過ぎて行くのを平和に眺めていてたかったのだけど、そうはいかなかった。


「さあ、そろそろ本題に入りましょうか?」

「・・・本題、ですか?」


 心なしか、ブランシュ様の瞳に力がこもっているのが、怖い。


「ええ、本題ですわ、リリ」

「ええと・・・」


 速攻目を逸らすお兄様に恨みがましい視線を向けると、ブランシュ様の手がさっと伸びて来て、私の腕はガッシリホールドされていた。

 ブランシュ様、お胸があたって・・・ ああ、そういうのはいりませんね、はい・・・。


「私が熱を出した切っ掛けのことですよね?」

「ええ、それは勿論ですが、最近学園で流行っているあなたの噂についても」

「私の噂ですか?」

「ふむ、流石に本人の耳には入っていませんか。

 まあ、リリの熱の切っ掛けは大体分かっているので、あなたの噂について私から共有しましょう。

 噂なんてものは基本悪意があるものだから、あまり深刻に受け取らないようにね?」


 それからブランシュ様が話してくれたのは最近学園で流行り始めた噂をかいつまんで教えて下さった。

 元々入学当初からリリアナは可愛いとある程度言われていたが、ここ2~3週間急激に変化していく。リリアナを可愛いと言っていた男子生徒が同級生を連れて遠くからリリアナを見に行く、ここまではこれまでも良くある光景だったらしい。知らんかった。

 それが、連れて行かれた同級生が初めて見たリリアナの姿に釘付けになり、その後何とはなしにリリアナを探すようになったらしい。これが1人、2人くらいの話ならば一目惚れか、で終わったのだが、その人数が少しずつ増えている事、更にはリリアナを崇拝するような発言をするようになっている事から、事態が変わってきた。

 同時に多くの人が変化する男子生徒たちを見ているため、リリアナが彼らと接触していない事もまた事実として伝わっているが、何分リリアナ自身が元々目立つ美少女な上、学園でも有名な高位貴族令嬢たちと一緒にいるため下手な事もそもそもできない。

 とは言え、おかしくなった男子生徒の関係者、家族や婚約者はリリアナに対して疑念や不満を持ってしまうのもまた、致し方ないことでもあった。


「ねえリリ、2~3週間前に何かなかったかしら?」

「うーん・・・特になにもなかったはずなのですが・・・・・・」

「リリ、お前たしか学園で魔力制御訓練試したのってその頃じゃなかったか?」

「ああ、たしかに!!」

「魔力制御・・・ なるほど、辻褄はあいますわね。

 ジャン、お義母様はご在宅かしら?」

「出かけているが、後半刻もしたら戻るはずだぞ。ブランシュに会いたいと言ってたしな」

「良かったわ、じゃあそれまでここでゆっくりしましょう?」


 私には何が何なのか良く分からないものの、嫌な予感だけはヒシヒシと感じていた。

 そして、当たって欲しくないものほど、当たるのもまたお約束通りなのだろう。


 母が帰宅してからの話は、本当に、初めて知るものばかりでした。

 結論から言うと、知らぬは私ばかりでしたね、はい。

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