終章 いつまでも平和な世界で

 “勇者”エリオットとその仲間が魔王との戦いに勝利し、そして人類を扇動していた王国の王子ネトリックが捕まった日から50年が経とうとしていた。


 世界は人魔連邦として基本的には長く平和が続いており、時折王子の残党軍が起こした反乱が起きたがそれらもその都度鎮圧され、今では王子の残党もみなくなって久しい。

 大きな戦乱として一度だけ、処刑の回数を終えついに処刑と“最後の死”が迫ったネトリックが、


『嫌だ、俺は、やっぱり死にたくないぃぃぃぃ!!』


 ……等と惨めに泣きわめきながら突如謎の力に覚醒した事があった。

 俺はヘルカイザーネトリックだ!などというわけのわからない事をほざきながら、マルールをも取り込んで“融合超越魔竜”と化し、一度の攻撃で五連打を繰り出す凶暴な竜として世界に反旗を翻すこともあったが、そのころには青年となり戦士としても成熟したエリオット率いる人魔連合軍に完膚なきまでに叩き潰されて最後の残機は人魔の猛者達の総攻撃を受ける事になった……まぁ、そうなるのは当然だが。

 ネトリックがグォレンダァと叫びながら放つ一打五撃の暴風の如き攻撃の嵐も、現役の魔王十将達にことごとくが潰され、さらに世界中の主戦力からのフルボッコをうけて本体である生身の身体をえぐり出され失意と絶望と恐怖の中で取り込んだマルールもろとも首を刎ねられての最期は惨めで無様で、下種に相応しい因果応報の最期だった。


 そしてエリオットは子供達や孫たちに囲まれ天寿を全うし、エリオットの妻や、魔王、そして俺の妻や義父もまたそれぞれの命を終え、残っているのは俺―――トールだけになった。


 だがここ最近体が弱っていることや、身体中の節々が悲鳴を上げていて調子が悪い日が続くことから俺もそろそろかな、と思っていたところで今日は珍しく調子が良かったので、街を一望できる丘の上にあるエリオットの墓の前まで歩いてきてみたのだ。

 歳を取り、ガタのきた身体では杖を突きながら時間をかけてやっとたどり着ける、という有様だが、人間年を取れば誰だってそうなるんだから仕方のない事と受け入れてゆっくりとその道を歩いた。

 エリオットの墓に着くと、街の誰かに手入れされているのだろう、綺麗に磨かれていた。 

 そんな墓の前に酒をついだ盃を置いて、そのまま墓の前に胡坐をかく。


「まったく、俺がいなくなったら寂しいだの、長生きしてくれだの散々いっておきながらお前が一番最初に逝っちまうんだからなぁ」


 苦笑しながら、手に持った盃に酒を注いで掲げる。


「そろそろ俺もそっちに行く頃合いみたいだ、相棒。乾杯」


 そう声をかけてから酒を呑みほすが、もう味も感じなかった。


「ふぅ……。酒の味もわからんようになっちまうってのは―――お互い、歳はとりたくねぇよなぁ」


 答える声はないが、夕暮れの風がびゅうっ、と噴き上げて行くのを感じる。


「あぁ、本当に……色々、あったなぁ」


 そう言って、ゆっくりと降りてくる瞼の重さのままに、俺は瞳を閉じた。

 

―――お疲れ様、トール、いえ下北沢透流さん 


 背後からかけられた声にハッと目を覚まし、後ろを振り返ると、そこは変わらずエリオットの墓の前だったが―――この世界に来る時に会った少女と、その従者の男が立っていた。


「やぁ、ジェーン。それとジョン久しぶりじゃないか」


 無言で笑顔と共に会釈をするジョンと、申し訳なさそうな表情を浮かべているジェーン。


「ええ、50年と少しぶりね。……本当にお疲れ様でした。

 まさかこんな事になるなんて、とは言い訳にしかならないけれど、この世界が酷い事にならなかったのは貴方の頑張りがあったからだわ。本当にありがとう。……ほら、貴女もお礼ぐらい言いなさい」


 ジェーンの隣には、『私は適当な仕事をして何度もやらかしました』という札をかけた水色の髪に白いドレスを着た美少女が居た。


「ごめんなさい、ごめんなさい、もうしませぇぇぇぇん!!きちんと仕事しますぅぅぅぅぅ!!」


 あぁ、やっぱりこれ女神か。駄目な女神だから水色の髪でもしてるかと思ったけど本当に水色だとは思わなかったよ!!駄目な女神はこの髪色なんだろうかね、ウケる。


「この子はこの世界の女神なんだけれどね。……ネトリックの最期の覚醒はこの子がネトリックの“業”を適当に削除しようとして間違えて全部パワーにしてネトリックに注いだからなのよ。他事考えながら適当に操作して“うっかり”でやらかしたみたいだけど、そのせいで貴方達とこの世界に大きな迷惑をかけたわよね」


「お前またやらかしてたのかよ女神ェ……」


 ネトリックが原因不明の超覚醒するとかなんかそんなところじゃないかとは薄々思ってたけどやっぱりお前のせいかよ、お前もう女神辞めてこの世界ジェーンに管理してもらえよ人に迷惑かけるなマヌケェ!!

 そんな思いを込めてジト目でみると、女神さまはしょんぼりと項垂れて正座をしている。一応反省はしているみたいだけど……ハァ。


「けど、なんで女神さまや転生者の案内をしているジェーンがここに?」


「貴方が天寿を全うしたからよ。

 貴方は十分すぎる程、いえ、こちらが礼を尽くさなければいけないほどこの世界のために働いてくれたわ。

 ……というか想定以上に頑張らせたというか、よくここまで頑張ってもらえたというレベルで……こんなに働かせてごめんなさいというか……だから貴方の来世の転生は貴方の望む形にするために来たのよ。こちらから出向いてきたのはせめてもの礼儀。私やこの女神が貴方に報いる方法はそれしかないから……」


「……あぁ、そういう。なら一つお願いがあるんだが」


 今となっては遠い昔、救えなかった命の事を思い出す。


「―――50年位前かな。この世界でマルールやネトリックの手の者に”児童臓物(ガキモツ)”って酷い扱いをされて命を落とした子どもたちが居るんだよ。その子達が生まれ変わって幸せに生きているかが知りたい。もしそうじゃない子がいるなら、その子達を祝福してやってくれないか」


 そんな俺の言葉にジェーンは一瞬驚いたような顔をした後、得心したように優しい笑みを浮かべながら頷いて答えを返してきた。


「それなら大丈夫。マルールの手にかかって命を落とした、“児童臓物(ガキモツ)”された631人の子供たちは皆平和な一般家庭に生まれ変わって幸せに生きているわ」


「そうか、そいつぁ良いニュースだ!なら俺が望むことはなんにもないかなぁ」


「―――それと、その中の一人は、とてもしっかりしている子だったから今はそこの女神がやらかさないように、私が手をまわして監視として女神のお目付け役に派遣させてもらっているわ……この子よ」


「……じゃーん!ひさしぶり、トールさん!!」


 そういってひょっこりとジェーンの後ろから姿を現したのは―――リィヨちゃんだった。


「―――リ、リィヨちゃん?!」


 リィヨちゃんの哀しい最期がフラッシュバックするが、元気そうな今の姿に思わず声が震える。そんな俺にあはは、と眉尻のさがった笑顔を向けるリィヨちゃん。


「この世界で命を落とした後、ジェーンお嬢様の計らいで女神さまの補佐を任されているんです。お陰様で、毎日元気に過ごさせてもらっていますえっと、だから……頑張ってくれてありがとう、トールさん」


「……そうか、そうかっ!良かった、……良かった!」


 元気で幸せそうにしているリィヨちゃんの姿に思わず涙がこぼれるが、俺も歳を食ったってことだろうか。


「あ、あははー!リィヨちゃんしっかり者だから私も助かってるのよねぇ~、こ、これにて一件落着、大団円!み、みたいな~?」


 あは、あはは~と笑って過ませようとする女神(首から札かけ&正座)を、腕組みしながらじろりと睨むジェーン。


「貴女のやらかしがそもそもの原因なんだからもっと色々と反省なさい。

 ……はぁ、まったく。それじゃ、希望がないという事なので―――トールさんの来世は、今世知り合った親しい人や仲間たちとどこかで繋がる、そんな風に転生させますね。大切な人たちとはまたいつかきっと、巡りあえるような転生に」


「そうかい、それは楽しみだなぁ。宜しく頼むよ」


 意識が消える前、永く過ごした街を見下ろしてから、俺は次の来世に思いを馳せつつその導きに従い瞳を閉じるのだった。

 ……あぁ、うん。思ったよりも悪くない、面白い人生だった!

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