第3話 こんな筈じゃなかった~悲劇のヒロインの慟哭~



 私、マルールは子どものころから魔法が得意だった。流行り病で両親をなくした後は幼馴染の男の子のエリオットと力を合わせて生きてきて、このまま一緒になって暮らすんだろうなという将来のビジョンを描きながら暮らしていたけれど、王国と魔族の戦争が始まった中で女神さまからの天啓で私は魔法の加護を与えられた。


 そして魔王との戦いにかり出されたが、その中で美男子で色気の凄い王子に情熱的に誘われて、エリオットにも許していない身体を赦したけど後悔は微塵もなかった。むしろ経験豊富な王子に抱かれると色々な事を忘れて蕩けてしまう程で、それに比べたらエリオットはカスよ!としか思えなかった。

 貧しい平民暮らしとはおさらば!世界には持つものと持たざるもの、勝ち組と負け組があると言うけれど私は完璧に勝ち組になったんだ!!

 そして王子は戦いの後でエリオットを始末したら貴族の地位や愛人の地位を約束してくれたので、片田舎でカスオットを夫にして仲睦まじく貧相な生活をするなどというたわけた幻想は頭から消え失せた。

 王妃なんて高望みはしない、愛妾で良いという謙虚さ、我ながらできる女すぎるわよね。

 国民から絞り上げた税金を湯水のごとく使い贅沢をできるならなんでもいいし、そんな事を聞かされたらもう田舎暮らしになんか戻れない。私の幸せは王子と共にあるんだ、間違いない!!!!

 そして旅の果てについに魔王を倒し、エリオットを始末したらめくるめく素敵な貴族生活が待っているというところでエリオットが卑怯で姑息にも掌を返し、戦いを放棄したのだ。とうてい許される事ではないと思う。


 魔王城から命からがら逃げ帰った私を待っていたのは、王たちからの罵詈雑言の嵐と責任を取れと責め立てる皆の声だった。何故?!私は何も悪い事をしていない被害者なのに、何でそんな風にいわれなきゃならないの?!

 あれだけ愛を囁いた王子は部屋の隅でガタガタ震えているようで表舞台には出てこなかった。


 そして案の定魔王軍は戦線を持ち直し、王国領へとズンズン攻め込んできていた。王国を見捨てて逃げ出すとか、エリオットは何を考えてるんだろうあの馬鹿、最低のクズ野郎。どういう神経してるのか、信じられない!!


 そして私は国王から死刑か、王国軍と共に魔王軍への迎撃に向かうかを選ぶように言われ、最悪逃げ出せばいいかという気持ちで魔王軍の迎撃に向かう事になった。両腕を失ったヒルデも、剣と一体化した義手を用意されて戦線に復帰したが、目は虚ろで焦点を失っており、あまり正気には見えないがそれでも肉壁にはなるでしょ、という判断で連れて行く事にした。


「ひぇっひぇっひぇっ、ころすう、わらしのてをきったエリオットころしてやるううう!」


 義手の刃をペロペロと舐めまわすヒルデは完全に壊れているようにしか見えないけれど、セシリアは声をかけて意識を正気に引き戻そうとしている。セシリアが話しかけていく事で時々ヒルデは会話が成立する程度にまともな意識に回復したりしたけれども、どうせ両腕を失くした使い捨てのコマだからそんなのに親切にする事なんてないのにと思った。まぁ、わざわざ口を出して不興をかうのもばからしかったのでセシリアの好きにさせておくけど。


 最前線での魔王軍との激突では、ヒルデは狂喜乱舞しながら敵陣に切り込んでいき暴れまわっていた。

 私はヒルデの後ろから攻撃魔法を飛ばし、セシリアがヒルデを回復している。エリオットやトールが居た頃程の火力はないが、それでもただの兵士たちよりは効率よく敵を減らしていった。


「はやくエリオットをだせええええ!!セシリアァ、マルールゥ、お前たちはわたしのうしろにいるんだぁ!くそぉ、セシリアもマルールもやらせないわよエリオットォ、まもる、まもまもまもまもるぅぅぅぅ!安全第一ィィィィィィッ!!ヨシィィィィィィッ!!!」


 イカれてるかとおもったけど仲間意識はあるのか、律儀に私やヒルデに攻撃が向かわないように戦っているヒルデ。両腕を失くして義手の刃になっても、加護の力や戦いの経験があるのかそこら辺の兵士よりははるかに強かった。あれ?これもしかしてイケるんじゃない?やっぱり私たち強いんじゃない??そんな考えがよぎったのもつかの間、パチン、パチンという音、恐らく指を鳴らす音と共に兵士たちが倒されて前線が崩壊していく。な、なに?!なんなのぉ?!


「あああああああうざいっ!次から次へとわいてきてええええ、きりがなあああああああああああああああああいっ!!!」


「手伝ってあげようか?ただし、真っ二つだがね」


 ヒルデの絶叫に、朗々と答えたのは兵士の死体が産んだ血煙の中を歩いてくる燕尾服の男だった。戦場だというのに舞踏会のような出で立ちをした中年の男は、右に、左に腕を向けて指を鳴らしその度に兵士たちが切断されて吹き飛び、時には背中ごしにも左右に腕を向けて気取った様子で戦列を切り裂きながら軽い足取りでこちらに向かってくる。

 音が鳴るたび王国の兵士が魚をさばいたかのように、いや、頭頂部から股間までにまっすぐ線が走った後にざばり、と両断される。文字通りの真っ二つだ。


「申し遅れた。私は魔王十将マーヴェラス。とても“素晴らしい”絶技を持つマーヴェラスだ、死ぬまでの短い間、覚えておいてくれたまえ」


「そ、そんな?!この場に魔王十将がきているの!?」

 

 魔王十将という言葉に思わず汗が噴き出る。それは魔王軍の最高戦力で、いまみせつけられている尋常ではない強さはその証左だろう。

 何人かはエリオットとの旅の中で倒したが、別の戦線に出向いていたものなどで戦ったことのないものも何人かいたがこの男もその一人のようだ。


「ははは、君たちは運が良い。今日は特別でね、もう一人来ているんだ。――――レッドシャドウ、君の出番だよ」


 その言葉に血の気が引いていく。エリオットありきで戦えた魔王十将がこの場に2人もいる……?!レッドシャドウは何度か戦った事があるが気配を消して襲撃してくる赤い仮面の暗殺者だ!!そんなの無理、勝てるわけがない。逃げなきゃ殺される、いや、私達を確実に殺すために戦力を纏めて投入してきたんだろう。


「うるっさああああああああああああい!エリオットォ、エリオットォ、ころす、ころすころすころすころろろろろろろろろろろロォーッ!!」


 戦いの中でテンションがあがっておかしくなっているのかヒルデは義手を振り回しながら暴れまわっている。……アレはもうだめだ、見捨てよう。


「――――セシリアッ、回復魔法!!!」


 咄嗟にセシリアに声をかけるも、私の意図を理解したセシリアはヒルデを気にして拒絶しようとするが、無視してその手を掴み自分に向けて全力の爆炎魔法を放つ。……手加減をしている余裕はない。

 そのまま爆炎の中で跳躍魔法、移動魔法を連続で放ち、上空に飛び上がった後王城までの移動魔法と同時に自分たちに向けて攻撃魔法を連射する。セシリアは置き去りにされたヒルデに手を伸ばそうとしたが、間に合わない事を察して哀しそうな顔をした後で私たちに向けて回復魔法を発動する。

 手遅れの奴に気を配るより早く私を回復しろボケがよとおもうが今は我慢。

 自分の力で自分たちを焼きながら空を飛んで逃げ帰るという滑稽な行動は、ただの自傷ではなくあの場にいた魔王十将の一人レッドシャドウが最高峰の“暗殺者”だったから。

 だから暗殺を阻止するために自分たちに向かって攻撃を放ち、レッドシャドウを近づかせないまま一気に戦闘範囲外に出て逃げ帰る、あの場で生き残る方法はこれだけしかない。

 そういう判断だが、正解だったようだ。

 既に視界の中で小さくなりつつあるが、私たちが先に離脱したことに気づかずに暴れまわっていたヒルデに向かってマーヴェラスが指を向けてパチン、と鳴らすとともにヒルデもまた他の雑兵達同様に真っ二つにされて死んでいた。あまりにもあっけなさすぎる最後には涙がこぼれてしまう。

 あれが魔王十将、エリオットが居た時には感じなかったがまさかあんな怪物だったなんて。私達みたいな不幸な女の子に情け容赦がないとかどうしようもないやつら……!!

 兵士の男たちは別に幾ら死んでも替えがきくからいいけれど、私やセシリアの命は何万の兵士よりも重いから私たちが生き延びることを最優先にしなければ!!私たちが逃げ伸びるまで兵士たちには時間稼ぎをしてもらうんだから!!



「――――あっ?!」


 悔しさに歯噛みしながら思案をしていると、そんな言葉と共に、セシリアの首が切断されて、移動の中で空中に置き去りにされてそのまま落下していく。呆けた顔のままセシリアは絶命していた。

 どうやら、私がセシリアの手を取る間にすでに接近してきていたレッドシャドウはセシリアの首を切断していたらしい。姿を見せぬままに首を落とすとはやはり最高の暗殺者の異名は伊達ではない、あのエリオットが警戒するだけの怪物である。

 幸いというべきか、私は自分にだけはこっそり防御魔法をかけて身に防御を纏っていたから後に回されたことでこうして助かったようだ。

 セシリアには悪い事をしたが、自らの死を認識して首を落っことす前に回復魔法を発動させてくれた事には感謝する。そのお陰で私のダメージが癒えたので、ギリギリ城までもちそうだ。

 セシリアの死体の手を放すと、その身体が地表に落下していき、地面に墜落するとともにぐちゃぐちゃのばらばらに爆ぜたのを流し見た。


「ごめんなさい。ありがとうセシリア、貴女のお陰で助かった。忘れないわ」


 幼馴染の勇者に裏切られ、友人達を2人もうしなってしまった。なんて可哀想すぎる、わたしはきっと、この世界に存在する悲劇のヒロインに間違いない。どうして私がこんな目に遭っているのだろう。あれもこれもそれもどれもぜんぶ、あの使えないグズの幼馴染のエリオットのせいだ!!はやくざまぁされればいいのに。


「あああああ、ちくしょう、ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 私は怒りの慟哭と哀しみの涙を零しながら逃げ帰るのだった。

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