第6話
「……言い訳はあるかしら?」
外に連れ出されたデリは、ミリアリアの前で正座していた。彼女の背筋はピンと伸びていたが、その目には明らかに緊張と恐怖の色が浮かんでいた。
ミリアリアはまるで般若のような形相をしていた。
「な、い」
デリは既に自分の運命を受け入れていた。特に言い訳をする訳でもなく、ただただ首を横に振った。
いやむしろ、ミリアリアの般若のような表情を見て、いったい誰がこの場で言い訳ができようか?
「……もし、今後あなたが自分の欲望だけを優先するというのなら、私はあなたを殺すことになると思うわ」
ミリアリアはデリの表情を見ながら、ゆっくりと聴き取りやすい声量で言葉を紡いでいく。
優しい声音ではあったが、口にした言葉はもはや宣戦布告に近しい内容であった。
「私はシンが誰を愛そうが、誰を追加で選ぼうが、好きにすれば良いと思っているわ。……だから、あなたやルルアにも優しく接してるつもりよ?」
ミリアリアはシンの振る舞いは、かつて王になるべき器を持っていた人物であるのならば当然だと考えている。それ故にいくら側室を作ろうが、何か不満に思うことはない。
「けれども、勝手をされるのは違う。……私の前から、シンを奪おうとするのならば、デリ、私はあなたを今ここで存在ごと消滅させてやるわ」
ミリアリアの背には紅い千手魔人が現れた。その魔人が各々の手に握っている武器は、本当に千差万別であった。
「もう、やら、ない。ごめ、ん、な、さい」
デリにミリアリアの本気度が伝わったのか、彼女は地面に頭を付けて土下座した。
「今まで、何度も何度も注意してきたわよね?
……それは本気なの?
……それとも嘘なの?」
ミリアリアは彼女の謝罪を受け取らずに、更に追い込むように言葉を続けた。
「本、当、ごめ、ん」
デリは彼女の怒りがここまでだとは知らずに、彼女の注意を今までも流してきた経緯があった。その自覚も記憶もデリにはあるので、尚のこと彼女に対して頭を下げ続けるしか手段が残されていなかった。
「次は殺す」
ミリアリアはデリを許さなかった。もちろん、その言葉が身内に向けるべきものではないのは理解している。だがしかし、それ程に彼女は怒っていたのだ。
「う、うん。わ、わか、っ、た」
デリはミリアリアを二度と怒らせないようにしようと心に誓った。
「……勝手に戻ってなさい。私は頭を冷やしてから帰るから」
ミリアリアはデリを置いて、宿に帰るのではなく、街灯が黒を裂いた夜の雑踏に消えていった。
「……ミリアリアさんはどちらに?」
デリが宿に帰ってきた。一緒に出て行った筈のミリアリアの姿が見えず、ルルアは彼女に尋ねた。
「ど、こ、か、行っ、た」
「こんな夜遅くにですか?
ミリアリアさんはヴァンパイア族ですし、確かにヴァンパイア族は夜の一族ですが……」
ミリアリアが夜を主とする種族なのはルルアも理解しているが、最近の彼女はなるべく他のアブソル・ノワールの面々と生活リズムを合わせているので、態々それを崩してまで夜に行動することが、とても特殊な事象のように思えてしまった。
「……デリさん、何をしたのですか?」
そのような行動を彼女が取った原因は、恐らくデリだと思った。
さっきまでの時間が折檻の為のものであった事はルルアも理解していたからだ。
「何、も、して、ない。怒、られ、てた」
「……いや、何もしてなくはないですよ?」
「さっき、は、何、も、して、ない」
ルルアの鋭いツッコミに負けて、デリは思わず言い直した。
「……はあ、お願いなのでミリアリアさんを怒らせないでください。大分彼女にとって私たちに譲歩している筈なので……」
ルルアが誰かに強調して意見を伝えることは、彼女のおっとりとした性格上からしてあまりない。その中で彼女がデリにそのような言葉を伝えたという事実は、彼女も何か腹に据えかねていたことを表していた。
「わか、った。気を、つけ、る」
デリはそれを察知して、頷くことしかできなかった。
(ミリアリアさん、大丈夫ですかね……)
ルルアは今部屋に居ないメンバーを、少しだけ心配しながらも、探しに行くことはせずに大人しく寝床に戻った。
「〜♪」
そんなルルアの心配は露知らず、ミリアリアは鼻歌を鳴らしながら、夜の街の、建物の屋根を伝って軽々と移動していた。
何処かに行きたい訳ではない。ただ自分が好きな夜の世界を満喫していた。
「……?」
気楽に軽々と移動をしていた彼女は、突然に何かを感じた。
その方角に視線を向けるも、彼女の視線は幾多の建物によって遮られた。
(行ってみようかしら)
彼女は軽々と跳躍して、屋根伝いに何かを感じる方角に向かった。
彼女が辿り着いた先にあったのは、特殊な雰囲気を醸し出す三〜四階の大きな建物であった。
(御屋敷みたいね……)
建物の造形にそんな感想を持ちながら、彼女は建物に侵入すべきか悩んだ。
興味に従うのであれば迷わずに侵入するのだが、世には不法侵入という言葉もある。自分の興味を優先させるべきか悩んでいた。
(シンに無断でトラブルを起こすのは良くないわよね……)
先程もデリに欲望のままに行動するなと怒ったばかりである。それを自分が行ってしまっては説得力の欠片も無いだろう。
彼女は大人しく引き返す事にした。
ミリアリアの姿が夜の街から消え、やがて静寂の夜も朝日を浴びて、夜の街そのものが姿を消した。
「探索者プレートを提示してください」
ダンジョンの入口に並んでいたアブソル・ノワールの順番がやってきた。
ミレイとリョウは探索者プレートを守衛に見せる。
「後ろは俺たちの仲間だ」
「わかりました。どうかご武運を」
彼らは地下に繋がる階段に通された。リョウは警戒しながらも、パーティの先頭を歩いて階段を降りた。
階段の先には暗転した世界が広がっていて、通路の幅は人が十並べば埋まる程度であった。
アブソル・ノワールの面々は夜目が効くので、暗転した世界も陽の光が降り注ぐ世界も、そこで取る仕草や行動は変わらない。
「私も前を歩くわ」
ミリアリアがリョウの足並みに合わせた。
「じゃあ、ミレイは後ろだな」
「おっけー」
ミレイはパーティの後ろを歩くデリとルルアに歩幅を合わせた。
リョウとミリアリアは近接戦闘が得意な為、モンスターが出てくると予見できるような場所であれば、パーティの先頭を率先して歩くことが多い。
逆に、ルルアとデリは後衛職なので、先頭を歩くことは好ましくない。
「何か来たぞ」
シンは誰よりも早く何かを察知して、周囲のメンバーに伝える。
ちょうどダンジョンの入口から、ある程度の距離ができた時であった。
「ゴブリンと呼ばれる魔物のようですね」
ルルアは瞳に捉えたモンスターの情報を、惑星の記憶から探し出した。
緑色で成人男性の腰くらいの背丈をしている人型の魔物であり、知能は極めて低い。
「ゴブリン……か。倒しちゃって良いのか?」
リョウが知っているゴブリンの中には、人の一種として扱われ、それなりに頭も良い者も存在した。だからこそ、ルルアに判断を仰いだ。
「そのようですね。出会った人々を襲って、時と場合によっては殺すこともあるようです」
彼女の解説を聞いて、リョウはゴブリンと距離を詰めた。彼は念の為にゴブリンが手を出してくるのを待った。
ゴブリンは脊髄反射的に手に持っていた棍棒を彼に振り上げた。彼はゴブリンが明確に敵対行動を取ったことを確認して、棍棒を持った腕を抜刀術で斬り裂いた、
ゴブリンの甲高い悲鳴が通路内に響き渡り、彼は耳障りな声をかき消す為に、更にゴブリンの首を落とした。
「モンスターって、洞窟から生まれるって聞いてたんだけど、悲鳴をあげる所と言い、動き方と言い、ほとんど外の生命体と変わりないんだな」
探索者ギルドの講習会て学んだ事を思い出しながら、リョウは自分が仕留めた魔物をまじまじと見ていた。
「そのようですね。このゴブリンという魔物の種類は外部にも存在しているらしく、まあ、それなりに害獣として扱われているそうです。
ダンジョンの中では、第一階層と呼ばれる階層……現在私たちが歩いている階層に主に存在している魔物のようです」
ルルアは惑星の記憶から引っ張ってきた情報を他の面々に共有した。探索者ギルドの講習会を受けていないのにも関わらず、その説明は探索者ギルド顔負けの物であった。
「……何か来るわね」
「ああ、随分と濃い気配だな」
ゴブリンを倒して団欒としていたアブソル・ノワール。その雰囲気を切るように、ミリアリアが前方に視線を向けて、シンも同様の反応を示した。リョウは腰の刀に手を掛けて、その気配を迎え撃つことにした。
だがしかし、それは杞憂であった。何故なら、灯りを持った人々の姿が確認できたからだ。
「何かあったのか?」
彼らを見向きもせずに通り過ぎようとした人々に、その中の一人を捕まえてリョウは問い掛ける。
「オークだっ!
オークが現れたんだっ!」
「……オーク?」
「お、俺たちは逃げるからなっ!」
リョウの手は振り払われた。
「……何だったんだろうな?」
「新たな敵が来る」
逃げ出した人々から視線を外し、彼らがやってきた方向を見る。
「……大きいな」
さっきのゴブリンとはまるで違う。全長四メートル以上はある豚顔で筋肉隆々の人型のモンスターが現れた。
「あのモンスターはオークと呼ばれる魔物です。さっきのゴブリンとは違って、一般市民が出会った場合は確実に殺されるようです」
「なるほど。ゴブリンより凶暴って感じなんだ?」
「いえ、凶暴さだけで見たら同じくらいかと。問題はその大きさですね」
「確かにあの腕で殴られたら、あっさり死にそうだな」
四メートルもある筋肉隆々の相手に殴られたら、例えオークでなくても死んでしまうだろう。
オークはあまり視力が良くないのか、アブソル・ノワールに発見されて、更に暫くしてから、彼らの存在に気が付いたかのように咆哮をあげた。
「ん」
デリが作り出した氷の槍が、オークの腹を貫いた。それは魔法と呼ばれる技術であった。
オークは彼らの目前に辿り着く前に地面に倒れ伏した。
「さっきの人たちは、このオークから逃げてたのか?」
「そのようですね。オークは本来は第三階層に存在するモンスターのようなので、今が第一階層なので、二階層分を上に登って来てしまっている状態です」
「つまり、この惑星から見てもイレギュラーな事態ってこと?」
「ダンジョンのモンスターが、本来の階層から移動することは惑星の記憶によると、前例はあるようですが、本来は起こらないことのようです」
「ふぅん、そうなんだ」
リョウとミレイはルルアの説明を聞いて、人々にとってイレギュラーであろうことを理解した。
「このまま進むわよ。どうせ何が出てきたって私たちがやられることは無いのだから」
イレギュラーだからなんだと、ミリアリアは敵はねじ伏せれば良いのだと発言した。
ミレイは彼女の発言を聞いて、その行動自体には特に反対意見は無かった。だがしかし、それ以上に気になっている点があった。
「ねね、ルルアさん。
こういうイレギュラーが起こる原因って何が考えられるの?」
ミレイはルルアに尋ねた。
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