第5話
「待たせたな」
既に集まっていたアブソル・ノワールのメンバーたちの前に、シンとデリが姿を現した。既に空は暗くなっていた。
「おっそいっ!」
真っ先に悪態ついたのはミリアリアだった。
「わ、悪い」
ミリアリアの勢いに押されて、シンは少し後退した。その様子を見て、彼女は更に文句を続けた。
「リョウに聞いたわよ?
他の誰にも言わずに、別世界に行っていたみたいじゃない?
私、前にも言ったわよね?
別世界に行くなら必ず誰かに連絡を入れなさいって」
「あ、ああ、失念していた。本当に悪かった」
シンはたじたじになりながらも平謝りをしていた。すると、彼女の前にデリが立ち塞がった。
「私、悪い」
「知ってるわよ。……あんたは後よ」
「ん……」
ミリアリアに本気で睨まれたデリは、まるで蛇に睨まれたカエルのように後退した。デリは彼を彼女から守る為に、彼女の前に立ちはだかったのに、彼女の迫力にあっさりと負けてしまった。
「本当に反省してるんでしょうねっ!?」
ミリアリアはシンへの口撃を続けた。彼は何も言い返さずに、彼女の口撃をひたすらに受け入れた。
流石に彼女の口撃の時間があまりに長過ぎて、ルルアは挙動不審になりながらも、ミリアリアの怒りを鎮めようと動かんとした。
「はーい、はいはい。ミリアリアさん、そろそろ終わりにしよ?」
ルルアより先にミレイが苦笑しながら口を開いた。
「でも、この人、前も同じことをしたのよ?」
「まあね、そこはフォローしようが無いんだけど、シンさんにも言い分があるかもしれないじゃん?」
ミレイはミリアリアとシンの間を取り持とうとしていた。同パーティ内でずっとギスギスされても困るからだ。
「いや、言い分などない。私が悪い」
シンはある意味開き直ったような表情をしていた。
「いや、そこはせめて言い訳くらいしろっ!?」
思わずリョウは叫んだ。
「いや、だが……」
「言い訳が無いならちゃんとしろよ。言い訳があるから、ミリアリアさんに言われたことをやらないんだろ?」
リョウは鬱憤を晴らすかのように、ミリアリアとは別角度で彼を問いつめた。
「いや、私が悪かったのだ。だから言い訳はない」
「じゃあ、なんで連絡一つも寄越さないんだよ?」
「忘れていた……」
「それじゃあ解決しねえ……」
リョウはシンの弁明する気のない弁明を聞いて、思わず眉間に皺を寄せて額を抑えていた。
「ねえ、シン?」
ミリアリアは息を整えて、再びシンに話しかけた。
「……なんだ?」
「シンに会えなくなったら私は悲しいわ。だから、ちゃんとして欲しいのだけれど、それでも難しいのかしら?」
別世界や別惑星に勝手に移動されると、ミリアリアにはシンを追いかける手立てがほとんど無い。
行き先や現在地が分かれば、様々な方法を試すこともできるのだが、今回のシンの行動は、彼にそんな意図は無いのは彼女も理解しているが、結果論から見れば、彼は彼女にそれすら許さなかった。彼女に追跡のチャンスさえ与えなかったのだ。
「本当に申し訳ない。次は必ず伝える」
「ごめんなさい。面倒くさい女かもしれないけれども……」
「いや、私が悪かった。あまりに浅慮だった」
シンは彼女を抱き寄せて、背中をトントンと軽く叩いた。これにて一件落着かと思いきや……
「デリ?
まだ、あなたに対して言いたいことが沢山あるのよ」
ミリアリアの怒りはデリに向いた。デリの表情がわかりやすく引き攣った。
「え、あ、うぅ……」
わかりやすくデリは後退りした。
「ミリアリアさん。
街中ですし、シンを絞っただけで終わらしてしまっても良いのでは?」
ルルアは更に続きそうな説教の時間を切り上げようとした。もちろん、ルルアもデリやシンに言いたいことが沢山あるが、ミリアリアの説教は誰かが止めないと永遠に続くであろうことが予見できた。
「根本の原因は、私の予想が正しければだけれど、シンではなくてデリなのよ?」
「……まあ、それは擁護の余地は無いですが」
ルルアも多少の怒りを内に持っていたので、ミリアリアに同調を促されて、その感情にあっさりと納得させられてしまった。
「まあまあ、今はやめよ? ね?」
ミレイは説教が続かないように、ミリアリアに食い気味に話を終わらせるように迫った。
「そ、そうよね。ミレイにしてみれば迷惑よね……」
ミレイに迫られて、ミレイとリョウには関係の無い話だからと、彼女は一旦は話を切る事にした。
「んで、集まったけどさ。何か楽しそうなことはあった?
ちなみに、私たちは一つ面白そうなのを見つけたよ」
そのままミレイはアブソル・ノワールを仕切って話を進めた。
「ほう……?」
「まずはミレイから聞きたいわ」
シンの視線とミリアリアの興味が一気に彼女に向いた。それを確認して、ミレイはパーティの雰囲気を元に戻す為に口を開いた。
「ダンジョンって呼ばれる地下迷宮があるんだってさ。私はそこに行きたいんだよね」
「地下迷宮……か、ただ観光をするだけか?」
「ううん。
地下迷宮には様々なモンスターや罠、それからお宝があるらしくて、観光ってよりも探索と冒険って感じかも」
「探索と冒険って楽しそうね。私はミレイの案に賛成だわ」
「……他の皆はどう思う?」
ミレイはアブソル・ノワールの面々を見回した。ミリアリアは賛成し、デリとルルアは容認の意思を示した。シンも彼女の案に同意した。
「……ということは?」
ミレイはパーティリーダーのシンに目配せする。そこでシンはリーダーとしてパーティの指針を決めた。
「迷宮探索、行ってみよう」
「リョウとミレイは大丈夫か?」
それは、集合場所であった噴水から離れて、ダンジョンに向かって歩いている最中のことだった。
シンは彼らの身体を気遣って声をかけた。
「あー……、確かに、そろそろ寝た方が良いかもな」
「……ちょっと眠いかも」
「やっぱりそうか。何処で休息をとる?」
「ダンジョンの中に入ってから、良さげな所で少し寝られたら良いなって思うよ」
「ふむ、それでも構わないが……」
リョウとミレイは只のヒューマン族が不老になっただけの種族であり、例えばビギンズ・ヴァンパイア族のミリアリアや、ロード・アンデッド族のデリは休息や食事の必要はあまり無いが、只のヒューマン族に毛が生えた程度の彼らは毎日の休息も食事も必要とする。
「そのダンジョンの周辺に宿があれば、そこに泊まってしまおう」
「あ、ありがとう。手間をかけてごめんね」
「気にするな。ルルアも休ませた方が良いからな」
シン、ミリアリア、デリの三名を除いたパーティメンバーは、"人"の生活サイクルに縛られている。それは身体的能力が理由である。
ルルアもデーモン族とエンジェル族と呼ばれる人種のハーフでしか無いため、多少はヒューマン族よりも身体的能力が優れてはいるかもしれないが、彼女もヒューマン族と同様に休ませる必要があるのだ。
「あれがダンジョンだよ」
ミレイは入場規制が掛かっている建物を指さした。既に周囲は暗くなっていたが、武装した人々の数はあまり変わらず、規制を掛けている兵士も健在であった。
「……ほう、随分と厳重な警備だな」
シンは感心した様な表情をしていた。
「探索者がいないと入れないんだって」
「私たちは入れるのか?」
「じゃじゃーん。私とリョウは実は探索者なのです!」
「い、いつの間に……」
シンはミレイとリョウの行動力に脱帽していた。
「ま、試験自体はめっちゃ簡単し、講習会も受けるだけだから、そんなに難しいことは無いけどね」
「そうは言っても、新たな街に着いて初日にやることじゃない。
……宿はありそうだな。あの宿を訪ねてみよう」
アブソル・ノワールは入場規制が掛かっている建物の隣にある宿を訪れた。
「いやぁ、もう満員っすね」
「……そうか」
だが、宿の従業員にあっさりとお断りされてしまった。
「あー、ダンナ。
一部屋だけでけえ部屋があるんだけど、そこでも良いかい?」
宿の店員の後ろから、別の人間が姿を現した。最初に対応した従業員よりもやり手感が出ていた。
「それなりに人数も多いから、私としてはむしろありがたいが……」
「あいよ。銀貨一枚だ」
「これで良いか?」
「おうよ。じゃあ、案内してやってくれ」
一泊の宿にしては高過ぎる金額を払い、彼らは地下にある大部屋に案内された。
「何処で換金したの?」
ミリアリアはシンに尋ねた。
外からやってきたアブソル・ノワールの面々は、この街、この国の金銭は所持していないはずだからだ。
「旅の道中で得た金属や獣の素材を売ったまでだ」
「探したの?」
「偶然だが見つけた。色々と買ってくれる商人をな」
彼らが話している間に、他のメンバーは寝床の準備をしていた。大部屋であり、布団を自分で並べる必要があったからだ。
「今日は雑魚寝に近いね」
「だな。まあ、寝れるだけありがたい」
ミレイとリョウは特にテキパキと動いていた。
「……良かったのですか?」
ミリアリアがシンから離れたのを見計らって、ルルアはシンに耳打ちした。
「何がだ?」
「宿の金額です。……相当ぼったくられてますよ?」
ルルアは自らの能力の一端より、惑星の記憶を覗くことができる。つまり、惑星の記憶から、この周辺の宿の相場を確かめることもできるのだ。
「迷惑料だと考えよう。実際に夜遅くに突然だったからな」
「はあ……
まあ、シンが良いと言うならば良いのですが……」
ルルアはあっけらかんとしたシンに、大人しく何かを言うのをやめた。
「先に眠ってて良いわよ。私は彼女と話があるから」
寝床の準備が終わったタイミングで、ミリアリアはデリに鋭い視線を向けた。
デリはミリアリアの説教から逃げきれたと勝手に高を括っていたので、彼女の言葉に思いっきり顔を引き攣らせた。
ミリアリアはデリの服の襟を掴み、強引に外に連れ出した。
「あー……お大事に」
「ミリアリアさんを怒らせるなんて、本当に馬鹿な事をしましたよね……」
ミレイとルルアはお互いに顔を見合わせて、デリの無事を願った。
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