第4話
探索者ギルドの玄関は、まるでならず者が集まる居酒屋のような雰囲気を漂わせていた。
扉は古びた木材で作られており、表面には数々の傷や節があり、年月の経過を感じさせる。木目がくっきりと浮き出ており、触れるとざらつきが感じられる。取っ手もまた、錆びた鉄製で、使い込まれた痕跡が見て取れた。
「めっちゃ雰囲気あるね」
「……だな。ちょっと楽しそうだ」
リョウとミレイは探索者ギルドの古びた扉の前に立ち、互いに一瞬視線を交わした。ミレイがゆっくりと手を伸ばし、ざらついた木材に触れ、錆びた鉄製の取っ手をしっかりと握る。扉を押すと、重々しい音を立てながらゆっくりと開いた。
扉の向こうには、外から感じていた雰囲気とは正反対の、小綺麗で広々としたロビーが広がっていた。中にはさまざまな装備を身に着けた探索者たちが行き交い、活気に満ちていた。
彼らが一歩踏み出すと、木の床がぎしぎしと音を立て、建物の年季を感じさせた。周囲の様子を見渡しながら、彼らは受付カウンターへと向かった。
カウンターの向こうには親しみやすそうな笑顔を浮かべた女性が立っており、ミレイはその雰囲気に安心して声をかけた。
「すみません、探索者になるにはどうすればいいですか?」
ミレイの無知な質問に、受付係の女性は優しい笑顔で応じてくれた。
「探索者になるには、試験に合格し、講義を受けていただく必要があります。試験を受けますか?」
「受けたいです。試験内容ってどんなのですか?」
「試験内容は簡単です。武器を持った試験官から制限時間内に逃げ切れば合格です」
「逃げる……? 戦う、ではなくて?」
ミレイは驚きと疑問の入り混じった表情をしていた。
「はい。
探索者の本来の目的であるダンジョン探索では、人知を超えた存在に出会ったり、予想外の状況に直面することが多々あります。
その際に求められるのは生き残る力であり、戦闘力ではありません。
ですので、私たち探索者ギルドでは武器を持った試験官から逃げ切ることを試験内容としています」
「なるほど、確かに合理的かも」
ミレイは試験内容の理由に頷き、その合理性に納得した。
彼女は逃げるも戦うも大した難易度の差は無いと判断して、試験を受けることに決めた。
「それでは、試験会場に案内しますね」
彼女たちは受付係の女性に案内されて、カウンターの向こうに備え付けられた扉の、更に奥へと案内された。
そこは小さな闘技場のようで、大柄の男性が刃渡りの大きな剣を持って待ち構えていた。
「私の名はデボン。君たちは探索者になりたいのか?」
デボンと名乗った男性は、とても真剣な表情でミレイとリョウの顔を見た。彼女たちは真っ直ぐに見つめ返して頷いた。
「その純粋な覚悟や良し。私はこの剣を使って君たちを一人一人追い回す。一人あたりの時間は五分。剣に触れずに逃げ切ることができれば合格だ」
デボンはそう告げると同時に剣を肩に担いだ。その瞬間、ミレイとリョウの表情には軽い緊張が走った。その姿を見たデボンは彼女たちが優秀な人材であることを理解した。
「では、男の方から先に始めよう」
「ああ、わかった」
デボンはリョウに対して、容赦無く剣を振り下ろした。彼は振り下ろされた剣を、余裕を持って大きく躱した。
「流石だな。かなり本気だったんだが」
「どうも?」
デボンはリョウを賞賛した。もちろん賞賛だけには留まらず、再び剣を彼に向かって振り下ろした。その刃を彼は薄皮一枚で躱した。
リョウはデボンの剣筋や癖を既に見抜いていた。だから、必要最小限の動きで自信を持って躱すことができた。
小さな動きで剣を躱した彼を見て、デボンは少し驚いた表情をしたが、手を緩めることなく剣を横に振った。
何度も繰り返し振るわれる剣を、彼は軽やかな蝶のような動きで躱し続けた。
やがて、デボンは剣を振る手を止めた。
「合格だ。これは想像以上だったな」
「そっか、ありがとう」
リョウはこんな物で良いのかと拍子抜けであったが、彼に一撃を当てることがそもそも相当な難易度を誇るため、デボンの剣を余裕綽々に躱し続けていた彼の姿は、ある意味で当然の結果であるとも言えた。
「では次だな」
「あい。よろしくお願いします」
ミレイの試験が始まった。ミレイはリョウとは違い、優れた武芸者で無いことを自分で理解していた。だからか、始まったと同時にデボンから一気に距離を取った。
「ぬうっ!」
デボンはそんな彼女を追いかけて、大きな剣を持って闘技場を爆走した。
だがしかし、彼女は運動神経抜群であり、並の人間であれば彼女に追いつく事はできない。
たった五分されど五分、息を荒あげたデボンと元気いっぱいのミレイの姿がそこにはあった。
「ご、合格……だ……」
「ありがとう。……試験官をやるのも大変だね?」
ミレイは何処からか取り出した水が入ったコップを彼に差し出した。
彼は素直にそれを受け取りぐいっと煽った。
「普通は私から逃げられることは無いのだが……」
「そんなに大きな剣を持ってたら、流石に追いつけないよ」
ミレイは自分の運動能力が、一般的な人々に比べて非常に高いのは自覚している。だがしかし、デボンが彼女に追い付けなかった理由は、自分の運動能力が原因ではなく、彼が大きな剣を持っていたことが原因だと考えていた。
「そもそも、私が追い付けないことが例外なのだ。……まあ良い、その問答は無意味だな。
アルトラパン君、彼と彼女に探索者の講習を受けさせてやってくれ」
「承知しました。それでは私に付いてきてください」
受付係の女性-アルトラパン-の指示を受けて、彼女たちは試験会場を後にした。
その後に案内されたのは、二階にある小さな講堂のような場所であった。
「では改めまして、当ギルドの受付係であるアルトラパンが探索者ギルドの成り立ちについて説明をさせていただきます」
アルトラパンはミレイたちに探索者ギルドの成り立ちから実態までを細かく説明した。
探索者ギルドは、連合国内にのみ存在する組織である。
探索者ギルドの主な目的は、ギルドに認められた探索者を支援し、ダンジョンと呼ばれる迷宮を攻略することにある。
それ即ち、ダンジョン攻略を促進するための技術や情報を惜しみなく提供している組織でもあるということだ。
情報提供から武装の提供、怪我などの治療から迷宮内で発見された物品の購入も行っている為、探索者にとっては必要不可欠な組織であると言えるだろう。
また、基本的にダンジョンへの侵入は探索者の免許が必要であるが、所属団体の誰か一人が免許を持っていれば、誰とでも一緒に迷宮探索を楽しむことができる。つまり、リョウやミレイが免許を持っていれば、アブソル・ノワールの面々で迷宮観光ができることになる。
「シンさんたちも誘おっか」
アルトラパンの話を聞きながら、ミレイはリョウに耳打ちした。リョウは小さな頷きを返した。
アルトラパンの講習会は一時間以上も続いた。流石にミレイもリョウも飽き始めていたが、探索者になる為に必要なことなので我慢して聞いていた。
「こちらがミレイさんとリョウさんの探索者プレートです。ダンジョン探索の免許証になりますので、必ずダンジョンに潜る際には持参してください」
アルトラパンは二枚のカードを見せて、ミレイとリョウに一枚ずつ渡した。
「ちなみにですが、探索者の新規登録や探索者プレートの新規発行は無料ですが、探索者プレートの再発行には料金が掛かります。ですので、くれぐれも無くさないようにしてくださいね。
これで講習会を終わります。ご清聴ありがとうございました。」
「「ありがとうございました」」
ミレイとリョウはその言葉を最後に、講習会場を後にした。
廊下に出ると、ミレイは大きく伸びをして、身体をほぐすように左右にひねった。
「ふぅ、やっと終わったね。ちょっと長かったね」
「だな。
でも、所々に面白い話があって勉強になったよ。
……外が暗くなってきたな」
そろそろ集合する時間だ。
特に何かを決めた訳では無いが、暗くなると同時にお互いの面々を探し始めるのが、アブソル・ノワールの暗黙の了解であった。
リョウとミレイは探索者ギルドを後にした。外に出て人通りを避けてから、リョウは左腕に装備している腕時計のボタンを押した。
この腕時計はアブソルノワールの全員が何らかの形で装備している携帯型通信機である。
腕時計の盤面が光を放ち、空中に更に幾つものボタンが表示された。
"通話"と書かれたボタンを押して、更に一覧表示された連絡先の中から、シンの名前を選択した。
コール音が鳴るだけで繋がらなかった。
「……この世界に居ないのか?」
"時空跳躍通信に切り替えますか?"というボタンが更に追加で表示された。
この機能は同一世界に相手が居ない時に出てくる機能であり、その名の通りで、時空を超えて通話越しの相手を探す機能である。
当然ながら、普段の通信通話機能とは違い、時空跳躍通信は繋がるまで、とても長い時間が掛かるのが基本だ。
リョウは面倒に思いながらも、コール音と共に待機した。
『……どうした?』
突然、左腕に装備された腕時計からシンの声が聞こえた。
「いや、どうしたって、そろそろ暗くなってきたけど?
ってか、今は何処にいるんだ?」
普段通りならば、パーティリーダーのシンが率先して動くのに、今回は全く忘れていた様子であり、リョウはそれを指摘した。
『あ、ああ、悪い。すっかり忘れていた。集合の段取りはリョウに任せても良いか?
私はデリと一緒に自分の惑星に居る所だ』
「いや、良いけど……
ってか、勝手に自分の惑星に帰るなよ」
『すまない、よろしく頼む』
シンは一方的に通話を切った。
「あいつ、後で何か奢らせよう」
「まあまあ、間が悪い時もあるからさ」
リョウは悪態をつき、ミレイは苦笑しながら彼を宥めた。
「まあいいや、他の面々だけ集めておこう。
デリさんはシンさんと一緒に居るから良いとして……」
「そうだね。取り敢えずミリアリアさんにかけてみるよ」
ミレイもリョウと動揺に左腕に装備された腕時計から、全く同様の手順を踏んでミリアリアの名前を選択した。
『何かあったのかしら?』
「ううん、何も無いよ。もうそろそろ夜だから、集まろうって話」
『ああ、ね。わかったわ。ルルアと一緒に歩いているから一緒に向かうわ。何処で集合にする?』
「んー、街中の大きな噴水ってわかる?」
『ええ、わかるわよ。じゃあ、そこで集合ね』
「はーい、じゃあまたねー」
彼女との通話はあっさりと終了した。
ミレイはリョウと視線を合わせ、彼女たちは集合場所に指定した噴水に向かって移動を始めた。
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